公共の秘密基地

好きなものも嫌いなものもたくさんある

おわかれ致します。あなたは、お米ばかり食べていました。

太宰治が好きだ。
彼はいいとこのお坊ちゃんでお金持ち、女性にモテモテな売れっ子作家である。
そのくせ、お薬に依存したり川端康成と喧嘩したり、女性と2度も心中したりと悩みがいちいち贅沢だ。
生活苦や恵まれない環境からくる後ろ向きではなく、後ろを向いていられる余裕のある人間なんだろうなあと昔から思っている。
最初は後ろを向いているポーズだったけど、続けているうちにそれが本当の自分になり、己の内側を探求するうちに嫌になってしまったのだろう。
人間失格】【斜陽】などの退廃的な作品と、【御伽草子】のような斜に構えたユーモラスな作品があるのも、太宰治の二面性を象徴しているみたいで面白い。
特に好きな文章は、新潮文庫から刊行されている【晩年】に収録の【葉】という作品の書き出しだ。

死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目が織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。

夏用の着物をもらったから夏まで生きていようと考えるなんて、よっぽど素敵な着物だったのだろう。
本当に死のうと思っていたのだろうが、ネガティブなんだかポジティブなんだか分からん、ともすればユーモアさえ感じられる厭世観バリバリの素敵な文章である。


mezashiquick.hatenablog.jp

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最近、職場が変わったせいもあって、人からいただくものがダイナミックになってきている。
メロン一玉や食パン一斤など、一人暮らしにとってみれば購入する機会のないものなだけに、もらえるのは非常にありがたい。
先日はそうめんを40束ほどいただいたため、食費が浮くので非常にありがたい。
めんつゆがなかったのでネットで見た白だしからめんつゆを作るレシピを試してみたのだが、市販のめんつゆよりお手軽でおいしい。
別に自殺しようと思っていたわけではないが、秋口くらいまでは余裕で生きようと思えるそうめんの量である。


子供の頃、ご飯のおかずにならないものがとにかく嫌いだった。
ぼくの白米に対する執着は戦中戦後の日本人並で、米を喰らわないと単純にお腹がいっぱいにならない気がしたからだ。
ラーメンはOKだが、そばやうどんはご飯と合わないので食卓に並ぶとあからさまにテンションが下がっていた。
うどん屋さんに行くとかやくごはんやおいなりさんが付いてくるお店は多いが、母もいちいちうどん以外のメニューを作るのが大変だったのだろう。
そもそもぼくはいなり寿司もあまり好きではなかった。
ちなみに、スパゲッティのミートソースなんかは味が濃いので米と合わなくても好きだった。


そんな偏食家のぼくであったが、そうめんは好きだったし何ならご飯と一緒に食べていた。
もちろん、そうめんをおかずにするわけではない。
我が家のそうめんつゆは祖母独自の製法で作られており、今でも詳細な配合は分からないのだが様々な調味料を混ぜて作られていた。
比較的濃いめの味で、淡白なそうめんにとても相性のいいめんつゆだった。
そして、祖母特製めんつゆで異彩を放っていたのが一緒に炊きこまれた鶏もも肉である。
醤油やらみりんやらと一緒に投入された鶏肉は味が染み込んでいてとにかくおいしく、主役のそうめんより確実にメインを張っていた。
小ぶりなサイズではあったけれど味が濃いので十分おかずになったため、ぼくの中でのめんつゆと言えばあの味だった。
ちなみに、鶏肉が入っているという理由でシチューもおかずになる。


なので、一人暮らしをするようになって初めて市販のめんつゆを購入したとき、そのマズさに驚いたものだ。
何と言うかケミカルな味がして、胃が全く受け付けなかった。
祖母も今ではめんつゆを作らなくなったため、特製めんつゆの配合を覚えていないかもしれない。
たぶん、がんばれば似たようなものは再現できるとは思うが、正直、めんつゆ如きに貴重な鶏もも肉を使いたくない気持ちが強く、試作にすら至っていない。
鶏肉は主役かいぶし銀の俳優のように助演に据えるべきであって、いくらそうめんを喰う勢いであってもめんつゆに使いたくないのである。
あのめんつゆは貴族の食べ物だったのだということ、そして祖母のありがたみを一人暮らしをして自分で家計を管理するようになってから思うのであった。


太宰治は【人間失格】のようにネガティブな面ばかりが注目されがちだが、【きりぎりす】【ヴィヨンの妻】のように女性の一人称視点からの小説はナルシシズムが入っていておもしろい。
しかし、冒頭で紹介した文章は何度見返しても素敵だ。
昔のロックスターが何事も「ロックかロックじゃないか」で片づけるように、「太宰か太宰じゃないか」で考えるなら最高に太宰な文章だ。
本人が書いているから当たり前なんだけど。
彼の小説を最近読んでいなかったので、未読のものにチャレンジしてぼくも太宰太宰しようと思う。