公共の秘密基地

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【ドリアン・グレイの肖像】を読んできた

読書会に行ってきた。
コロナの影響で延期になっていたのだが、ソーシャルディスタンスやマスクの着用、会場の換気などに気を配ってようやく再開の運びとなった。
今回の課題図書は、オスカー・ワイルドの【ドリアン・グレイの肖像】である。
ネタバレも含んでいるので、未読の人は注意してどうぞ。


前回の読書会が初参加だったのだが、この機会でもないと読まないであろう本を読めるのも嬉しいところだ。
元々海外文学はあまり読まないが、ドリアン・グレイの肖像は今まで読んでいないことを後悔するほど面白い。
登場人物のひとりであるヘンリー・ウォットン卿がとにかく魅力的なキャラクターで、名言の宝庫みたいな人物なのだ。
漫画でも小説でも、作者が自分の主義主張を登場人物の口を介して言わせるタイプの作品があまり好きではない。
この作品も作者の思想が割と反映されているのだが、不思議と押しつけがましくなく、「美とは何か」について考えさせられた。

www.kotensinyaku.jp

光文社の古典新約文庫から発刊されているものが、読みやすくていいと思う。
あらすじもリンク先に載っているのでどうぞ。


この作品のテーマのひとつに掲げられているのが、【美は肉体に宿るか精神に宿るか】ということだ。
美少年ドリアン・グレイは快楽主義者のヘンリー卿に感化され、己の欲求のままに堕落した生活を送るようになる。
堕落していくドリアンの内面を引き受けるかのように、ドリアンの友人であるバジルが描いた肖像画はどんどん醜くなっていくものの、当のドリアンは美しさを保ったままなのだ。
ドリアンの内面と外面を切り離すことで、作者は肉体と精神に宿る美を描きたかったのだと思う。
ヘンリー卿の言葉を借りるなら、己の欲求のままに生きる魂は美しいので、美は精神に宿ると作者は言いたいのだろうか。
欲求に従って生きたドリアンの肖像画は醜く変化していくので、快楽主義的な生き方は見た目の美しさを損なうということになる。
また、読んでいると、西洋と東洋の美的感覚の違いについてもよく分かる。
西洋の美とは、完成された完璧なものから見出されるものだろう。
東洋、特に日本では、未完成なものや細部に宿った美が重視されているように思う。


作中のラストでドリアンは命を落とすのだが、ドリアンは死ぬ必要があったかどうかというのも読書会のトークテーマとして挙げられた。
オスカー・ワイルドは男色家としても知られている。
ドリアン・グレイの肖像には同性愛を匂わす描写はないものの、その背景を知って思い出した男色家の作家といえば三島由紀夫だ。
美輪明宏のエピソードトークにもたまに登場するあの三島由紀夫である。
三島由紀夫の著作を読んで感じたことは、「美しいものを美しいまま保つひとつの手段は、命を絶つことである」ということだ。
美しいときに死ねば年老いていく自分を見ることもないし、家族や友人が死んだ自分を思い返すときの姿は美しかったときの姿だからだ。
ドリアンの死は本人が望んだものではないとは言え、彼は死によって己の美を完成させたのではないかなと思う。
ちなみに、三島由紀夫は男性の肉体に関する描写が生々しいので、美は肉体に宿る派の作家かなと想像した。


ぼくが参加している読書会のいいところは、雰囲気が緩いところだ。
参加者の中には別の読書会を渡り歩いている人もいるが、喋る人が決まっていたり、文学的知識や素養が研究者レベルの人が集っていたりと、気軽に参加できる雰囲気のものではないこともあるようだ。
また、どんな趣味にも言えることだが、「この作品は一般常識として知っとくべきですよ」的な姿勢のやつがいるとうっとおしい。
そういうやつは大体、自分が新しい作品や価値観についていけないから、古いものを持ち出して精神的優位を保っているだけなのだ。
自分も若い頃には年寄りにマウントを取られたり説教されたりしたであろう事実を忘れ、同じことを若い人や新参に繰り返している姿は見るに堪えない。
その点、今回の読書会はマウントを取りたがる人も、知識を押し付けたがる人もいなかったので楽しく語り合うことができた。
知識や読書量が凄いであろう人は参加者にいたが、分からないことは親切に解説してくれる姿勢が非常にハートフルな人であった。


コロナ禍で気軽に本屋を散策することも難しくなったが、本を読むということは自分の知らない世界や考えを味わうことができる。
それを他人と共有したり、他人の感想を得たりできるのは、己の人間としての幅を広げることができる貴重な経験だ。
ちなみにヘンリー卿のことを"快楽主義者"と紹介しているが、快楽とはセックスに代表される肉体的な交わりばかりを指すわけではないので、そういった描写が登場するわけではない。
舞台裏ではまあそういったこともしているかもしれないが、性的な描写が苦手な人でも問題なく読める作品だと思う。
普段本を読まない人にとっては400ページは少々長めかもしれないが、おススメの一冊なのでぜひどうぞ。