公共の秘密基地

好きなものも嫌いなものもたくさんある

かわいい子がやっていること

かわいい顔してやることやっているという言い方がある。
主に女性に対して用いられ、大概は男関係を揶揄される意味で使われる。
まあきっと、ここで言う「かわいい」とは容姿の美醜ではないのだと思う。
清純派な雰囲気を醸していたり、一見するとおとなしめだったり、そうした印象であったのに意外と派手な私生活をしていたというまあ身勝手な思い込みによるものだ。
かわいい顔してるからやることがやれるのであって、そこは間違えてはいけない。


ちょっと前、テレビ朝日の弘中アナが緊急事態宣言下に自宅で友人と宅飲みをしていたことで叩かれていた。

www.dailyshincho.jp

この写真は鍵付きのアカウントから流出したらしく、その面では同情的な意見もあった。
しかしこの事態が発覚する前、テレビ朝日の社員がカラオケで宴会をした上に帰宅しようとした女子社員が非常階段から転落するというわけの分からない騒動があったばかりなのだ。
そのため、弘中アナに対しても厳しい目が向けられていたと思う。


まあ事の是非はともかくとして、流出した宅飲み風景の写真が印象的だった。
部屋着と思われるTシャツにショートパンツを身に着けた弘中アナが、男性三人の間に座って弾けるような笑みを浮かべているものだ。
上に貼った記事に写真も載っているので、よかったら見てみてほしい。
まさに「かわいい顔してやることやってる」風景を体現しているもので、「かわいいからやれること」といった言葉がふさわしい。
(ちなみにぼくはこの人をかわいいとは思わないので一般論としての話)


ちょっと話が逸れるが、弘中アナに対して評していた上記記事の内容に納得した。
彼女は、以前から世間の思う「女子アナ」というイメージを押し付けられることを嫌っていたらしい。

たしかにタレントいじりや、好き嫌いをはっきり顔や口に出す態度は、女子アナには珍しい。それは弘中アナが、一般的な「女子アナ」イメージを逆手にとって得をしてきたということでもある。

まさにその通りだなと思った。
この人の幼い雰囲気や一般的な「女子アナ」とのイメージのギャップが受けているだけであって、そのイメージで得をしているのは弘中アナ自身なのだ。


女子アナがタレントのような扱いを受けるようになって久しいけれど、あの人らは芸能事務所に属しているわけではないただの会社員なのだ。
とはいえ顔を出した仕事のため、会社のイメージに沿った広告塔としての顔を求められる。
アイドルみたいに処女性を前面に押し出して交際報道を出さないようにとは言われないと思うが、あまりにも性に奔放すぎるのも問題だろう。
昔、日本テレビの女性アナウンサーが親族の経営するラウンジで働いていたことが発覚して内定を取り消される事態になったことがある。
当時の日テレとしては過去とはいえアナウンサーが夜の接客業をしていたことは、ゴリゴリの黒ギャルがアナウンサーになるのと同じくらいあり得ないことだったのだ。
ちなみに件の女子アナは裁判を起こして無事に日テレに入社できたらしいが、その後どうなったのかは知らない。


リリー・フランキーさんが「美人にできるのは美人であることを利用したつまらない商売くらいのもの」という旨の発言をしていたことがある。
女子アナって、女性が就ける仕事の中でもカースト上位に君臨するものだと思う。
女子アナが女性からいまいち支持されていないのはここから来ていると踏んでいる。
頭の良さも求められるだろうけど、己のルックスに自信があってそれを活かした仕事に就きたいと考えている人にはピッタリだろう。
加えて付加価値もばっちりである。
男性が自分の市場価値を上げるために仕事をがんばって年収アップに励むように、女性も己の価値を高めるための行動を取る。
簡単に就ける職業ではないためプレミア感があり、ある程度の見た目は必要な女子アナという仕事だ。
人前に出ることの多い仕事だけれど会社員であるため、浮き沈みのある芸能人とは違って安定している。
野心と自己顕示欲の強い女性にはピッタリであろう。


例えば最近、こんな記事を見かけた。

www.sponichi.co.jp

テレビ東京のアナウンサーがインスタにアップした写真へのコメントをまとめた、よくあるコタツ記事だ。
ぜひ写真を見てもらいたいのだが、脚とボディラインを強調したかなり煽情的な写真を投稿している。
両方ともバッチリ乳を強調しており、二枚目なんかは古き良きだっちゅーのポーズである。
テレビ東京的にはこの投稿は問題ないのだろうかと聞きたくなるが、鷲見玲奈アナがフリーになった今、次なるおっぱい枠の女子アナを育成したい思惑もあるのだろう。
そもそもこの女子アナは以前、製作スタッフや同じ職場のアナウンサーに対する悪口を同僚と話している音声データが流出したことがあり、彼女自身もなりふり構ってはいられないのかもしれない。
いずれは悪口事件も風化し、この顔と乳があれば今後の人生もベリーイージーで大概のことは思い通りだろうから、本人としても大したダメージではない。
典型的なロリ顔巨乳だし、これは男受け最高なはずだ。
アイドルでもないのにこんなドヤ顔で自分の身体を前面に押し出した写真を衆目に晒すあたり、本当に自分に自信があると見える。


美人は性格が悪いと言いたいのではなく、美人に対する幻想をやめようぜという話だ。
ルックスのいい子が常識を外れた振る舞いをすると「あの子はやっぱり性格が悪い」と悪い印象が勝ってしまうが、それはその人の一面なのであって全てではない。
チンピラが気まぐれに善行をすると実はいい人じゃないかと勘違いする「蜘蛛の糸理論」だ。
ブスの側としては美人の性格が悪くあってほしいと思うかもしれないが、だとしても相対的に自分の価値が上がるわけではない。
何より、美人の性格が悪いと願う性格の悪いブスを誰が好むだろうか。
美人には美人なりの、ブスにはブスなりの苦労があるのだ。
むしろ、美人のほうが人間関係や恋愛絡みのあれこれも増えるだろうから、処世のためにしたたかになる気もする。
ブスは人間関係が薄いというわけではないが、少なくとも異性からアプローチされる機会は美人のほうが多いだろう。
世の中って本当に平等じゃないですよね。

母子ともにルーズ

今回の本題とは関係ないんだけど、8月くらいからアメブロにうさんくさいアカウントが増えた。
具体的には言わないが、これは香ばしいぜみたいなブログ主にフォローされたりいいねされたりすることは今までもあった。
加えて最近は、「毎月の貯金10万を目指す」だの何だのという収入に訴えかけるブログが増えたように思う。
特に多いのは「家族で貯蓄をするパパ」みたいな「パパ」系のアカウントだ。
Twitterでも似たようなアカウントが増えているらしく、ある人が分析していた。

たぶんこれ系の情報商材で稼ぐ人たちの中で「パパ」というジャンルが空いていたからだろうな??違う??仮想通貨もFIREもパワーカッポーも飽和状態だもんね。

結構的を射ていると思う。
しかし、いくら開拓されていないジャンルだったと言ってもこんな雨後の筍のように乱立してはうさんくささに拍車がかかるようなものだろうに。
断言するが、あいつらは決してブログの内容を見ずに片っ端からフォローやいいねをしているので、間違っても相手のブログを覗きに行くのはやめたほうがいい。
フォローやいいねを返したりすればすぐにメッセージが飛んできて、情報商材やオンラインサロンの勧誘が来るに違いないのだ。
大体そういうアカウントは、フォローを返さないといつの間にかこちらへのフォローを外していたりする。
よかったら、ぼくのアメブロのここ3~4記事分くらいのいいねリストを見てみてほしい。
そもそも、ブラジャーがどうの明日花キララがどうのと書いてるようなブログに真の貯蓄ブロガーがいいねなんてするわけなかろうに。


前回、男性は何をスケベと感じるか分かんないので無理して理解しようとしなくていいですよみたいな記事をかいた。
(記事の締めの一節だけど)

mezashiquick.hatenablog.jp

今回もそんな感じの話。


www.news-postseven.com

最近は女子高生の間でルーズソックスが流行りつつあるらしい。
厚底の靴を履く人もよく見かけるようになってきたし、ファッションの循環という観点から言っても再ブームは妥当なのかもしれない。
単純に、足元にボリュームを持ってくるコーディネートはかわいく見せやすいし。
女子のアニメキャラでもやたらとデカいスニーカーを履いていることがあるが、記号的にも分かりやすい特徴を設けることができる。
御坂美琴しかり、アシリパさんしかり、ダンダダンの桃ちゃんしかり、彼女らのファッションが最先端になるときがきたのだ。
更にまた一巡して、エビちゃんOL系のコンサバファッションやメイクがブームになるかもしれないので少し楽しみだ。


ぼくは田舎生まれの田舎育ちなので身近にルーズソックスを履いたギャルはいなかったと思う。
われわれのような田舎の少年がギャル文化に親しんだ媒体と言えば、やはりAVだろう。
昔はとにかく女子高生物のAVをよく見ていた記憶がある。
うちの高校はルーズソックス禁止だったこともあって余計に渇望は大きかった。
コスプレ物のAVでよくある不満としては、最終的に全裸になってしまうことだ。
特に髪型やメイクにも特徴のあるアニメキャラ系のコスプレだと、首から上は派手なのに全裸というギャップが気になって集中できない。
その点、ルーズソックスまで脱がすAVはないのでソックスに重点を置くのが理に適っているのはお分かりいただけるだろう。
いくら制服を脱がしたところで、ルーズソックスという記号さえ残っていればそれは女子高生なのだ。
そのせいで当時のぼく的AVのフェチズムには「裸ルーズソックス」が長らく君臨していた。


個人的には女性の足は太いほうが好きなのだけれど(限度はある)、ルーズソックスに関してはスラっとした足のほうが似合う気がする。
足の太い子がルーズソックスを履いていると、とにかくドムに見えて仕方がない。

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平成ギャルブーム当時は日焼けした女子高生も多くいたので、足が太くて黒くてルーズソックスを履いている子はどこかの部族っぽいのだ。
黒い上にあんまり太いとドムを通り越してドム・トローペンである。

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ドムはカッコいいが、せっかくのルーズソックスを生かしきれないのでドム系女子はいただけない。
ルーズソックスは清潔感がないというご意見をいただくことがあるが、その温床となっているのが清潔感のないドム系女子のせいだと思っている。
ちなみに本日10月6日は「ドムの日」らしい。


上で貼った記事によると、現在平成ギャルブームを再燃させている子たちの母親世代が当時のギャルど真ん中だったようだ。
ということは、お母さん方は援助交際ブルセラが社会問題になった時期に女子高生だったということになる。
この子らのお母さんもテレクラでどこぞの相手と待ち合わせてセックスしたり、おっさんに唾液や使用済みのパンツを売っていたかもしれない。
そんでそのお金でたまごっちなんかを買ったことだろう。
まあ現代だってパパ活が問題になってるわけだし、ファッションだけじゃなく売春の歴史も繰り返すということで。

さて、今日のブログに毎月10万貯蓄からいいねつくかなー、楽しみ。

ブラジャーの抱える問題点について

ぼくはインターネットに顔を晒すことを決してしたくないと思っている。
商売等の利益目的でもない限り「ネットに顔を載せる=死」であり、悪意のある人間に見つかったが最後、飽きるまで弄ばれる。
一生消えない烙印を押されたようなものだ。
なのでSNS全盛期の今、若い子らが平気で顔どころか学校や勤め先を晒して画像や動画を投稿してるのを見ると、本当に考えが理解できなくて異なる文化圏で暮らした人間を見ているような気持ちになる。
「みんなやってるから」という考えなのかもしれないが、木を隠すには森の中理論に基づいてみんなが顔を晒してるんだから、自分がやったところで大したことないみたいなものなのだろうか。
同世代の人なら共感してくれる人もいると考えていたのだが、ぼくと同世代と思われる人間も最近は平気で顔出ししているなあと思っていた。
思っていたのだが、よく考えれば彼らは実名上等のフェイスブックをやっていたのでもはや怖いものなどないのかもしれない。


こないだぼくのコーヒー屋さん巡回ルートに入っているお店に行ったときのこと。
ちょっと外れにあるとはいえ繁華街の店舗なため、休日であることも相まって夕方を過ぎてもそれなりに人がいた。
お客さんの中に、大学生から社会人序盤くらいの若い女性二人組がいた。
大体にして女性というやつは二人以上になるととにかくやかましいのだが、その二人はそれなりに声を絞りながら話をしていたのを覚えている。
しかしながらそこまで広くはない店だったため、申し訳ないけれど彼女らの会話の内容は筒抜けだった。
会話の内容はずばり、マッチングアプリで出会った男性の話だった。


ぼくは上記したようにネットに顔を載せたくないので、当然のようにマッチングアプリもやっていない。
ネット掲示板なんかでは悪意のあるマッチングアプリユーザーによって、平均より低めの容姿やスペックの人が顔写真付きで晒し上げられていることもある。
だが、最近の若い子の会話を聞いていると話題にマッチングアプリが当然のように上ってくる。
なんならマッチングアプリに対するイメージがそんなによくないぼくとしては、友人との会話で臆面もなくマッチングアプリの話をするあの子らとの考え方の違いに驚かされる。


話をコーヒー屋さんに戻す。
会話の内容は正直ありきたりな、どこに遊びに行ったとかこんな特徴を持った男性であるとかその程度のものだった。
平凡な会話であったが、女性の片割れが言ったセリフがちょっと心に残っている。
「男の人は有料だからいろんな人に会わないと損」というものだ。


聞いた話によると、マッチングアプリというやつは女性は無料だが男性は有料のところが多いらしい。
婚活パーティでも男性と女性では料金に差があると聞くし、男女平等とは何なのかと思い知らされる。
「女性のほうが身だしなみにお金がかかっている」論者とは基本的に話をしないようにしている)
有料と無料でどんな差があるのかは知らないが、まあお金がかかっているのだから色んな穴と棒のお突き合いをしてみたいと思うのは至極当然だろう。
というか、マッチングアプリなんて真剣な出会いはできないだろうし、モテ男の狩場だと思っているのだが、そのへんの実態はどうなのか若い子に聞いてみたいところである。


こうやって男女の恋愛の話を聞いていると、やっぱり根本では分かり合えない同士なのだなあとつくづく思い知らされる。
男性に女性の苦労が想像しづらいように、女性にも男性の苦労は見えづらい。
例えば、働く女性の権利が尊重されるようになったとは言っても、日本はまだまだ男女の賃金格差が大きい。
男性にしてみたら、バリバリ働きたい女性が妊娠や出産でキャリアが閉ざされてしまうことの悩みは分からないだろう。
同じように、女性にはモテない男性の苦悩って絶対に分からないと思う。
コーヒー屋さんの彼女らは平均的な見た目をしていたし、おそらくは今までの人生でもマッチングアプリでもいろんな男性からアプローチされてきたのだと思う。
そんな彼女らからすれば、自分の原因ではない要素(性別や容姿や家庭環境など)で、女性との接点が閉ざされてしまう男性の苦悩は想像できないだろう。
なぜなら女性は選ばれる性別であって、もっと言えば女性というだけで愛されることが可能だからだ。
仮に女性がモテない男性と同じような苦境に陥ったとしても、男性に比べれば悲惨な境遇にはなりにくいと思う。
人に愛されたいのならまず誰かを愛するべきなんて言う人もいるが、誰にも愛されたことのない人間に他人を愛することを求めるって無理があるし、誰にも愛されることのない絶望も想像するべきだ。
もちろん、女性は女性であるというだけで男性には分からない性的な悩みだってある。
女性特有の毎月の悩みもそうだし、電車での痴漢や夜道を警戒して歩くような性犯罪に対する危機意識は男性には真に迫って感じにくい。


何が言いたいかと言うと、お互い大変なのだから他方を貶めるのはやめようぜということだ。
自分の大変さを主張するのは大いに結構だが、「それに比べて…」と一方を軽んじてしまう時点で話を聞く気がなくなる。
最近多いのは、家事育児の大変さをあげつらって働く旦那の苦労を大したことがないと一蹴するタイプの漫画やSNSだ。
昔に比べて主婦や女性の苦労が可視化されるようになったのは良いことだと思うが、今まで大変な思いをしていた男性が楽になったわけではないし、みんながみんな女性の苦労を軽んじていたわけではない。
旦那と嫁だけでなく、相反する属性の両者にはこの他方を軽んずる問題もセットで語られる。
各々がそれぞれできることを精一杯やって、自分ができないことは誰かに手伝ってもらって、そのときはちゃんとお礼を言えばいいと思うのだ。


そう言えば、コーヒー屋さんで遭遇した件の女性二人組のうち、一人は白色で薄手のサマーニットを着ていた。
ああいう服の着用者には、服が薄手かつタイトであるため下着のでこぼこが表に浮き上がってしまっている人がたまにいる。
透けているのとはまた違って、色は分からないのだが形が浮き上がっていることによって想像の余地があるというか、シルエットクイズをしている気持ちになってしまう。
下着の輪郭程度が浮いているだけならまだしも、ブラジャーの刺繍の凹凸が鮮明になっている女性に至っては洋服ではなくほぼブラジャーである。
ああいうぴったりした服を着る女性は自分に自信がある人が多いので、大体は刺繍がバキバキに入った凝ったデザインのブラジャーをしているのだ。
また、浮き出るブラジャーのポイントとしては、おっぱいの貧富を問わず発生する現象であるということだ。
むしろ、大きいサイズのブラジャーにはかわいいものがないと聞くので、下着が浮き出る現象は貧乳の女性に発生しやすいのかもしれない。
女性には男性の見ているところが理解できないだろうから、根本では分かり合えない生き物なのだなあという話。

工業製品としての生き方

【コタツ記事】という言葉をご存じだろうか。
外に出て取材をして裏取りをして自分の実体験に基づいた内容の記事ではなく、テレビやSNSの内容をパクって編集して書く記事のことだ。
タツに入ったまま誰でも気軽に書ける浅い内容の記事という侮蔑的なニュアンスが込められた言葉である。
【アイドル○○がインスタにアップした写真に絶賛コメント殺到!?】
【俳優の◆◆が好きなタイプの女性を告白!】

みたいな見出しがついたようなやつで、言われてみれば見たことのある人もいるだろう。


上記したように、コタツ記事のほぼ全ては芸能ニュースだ。
どこぞのアイドルがSNSにアップした投稿にこんな反応がついてましたとか、とあるタレントがテレビでこんなこと言ってましたみたいな、何の内容もないものがほとんどなのだ。
こういう記事はクラウドソーシングのサイトで一文字0.5円の素人ライターが書いているので、安く買いたたかれている人らがいる限りなくなることはないだろう。
それはどうでもよくて、SNSで芸能人が写真をアップするとコメントが付くのは捏造でなくさすがに事実だと思う。
例えば、肌のアップや生足の写真を上げると、コタツ記事によれば「肌キレイ!」とか「美脚!!」ってコメントが付くらしい。
ずっと疑問だったんだけど、コメントしてる人はあれがその芸能人の本当の姿だと思っているのだろうか。


今やSNSにアップする写真を加工することなど常識であり、芸能人だけでなく一般の人も普通にやっている。
人前に出る仕事をしてるんだから美容にも気を使っているに違いないと主張するかもしれないが、明らかに不自然な写真もいっぱいある。
明らかに白く加工して毛穴のひとつもない肌や、伸ばしすぎて縮尺がおかしくなっている脚の写真をアップしている芸能人もたくさんいるのだ。
しかし、ファンたちは工業製品のように加工されまくった写真を見て賞賛のコメントを送る。
桑田の息子みたいに加工ありきでネタとして楽しんでいるのか、ファンの中では見えている姿が真実なのかは定かではない。


それか、コタツ記事に取り上げられることを目的としてコメントをしている人もいるかもしれない。
「今日も世界で一番かわいい」とか「○○しか勝たん」とか、美辞麗句が過ぎる言葉をそのタレントに浴びせているのを見ると、もはや大喜利にしか見えないのだ。
いかにそいつに対して分不相応な言葉を投げかけるかみたいな。
まあ芸能人の側としても、明らかな嘘でも賞賛されることは大切なのかもしれない。
人前に出る以上は褒め言葉だけでなく誹謗中傷を聞いてしまうことも多いだろうから、いかに自分に陶酔して自分がカッコいい・カワイイと思えるかが大切なんだと思う。


あと、最近多い【美尻・美バスト】のような言い回しも好きではない。
美尻や美バストを披露しがちなのは最近で言うと田中みな実なのだが、あの人は美容に関してストイックだから実際に乳や尻は綺麗なのかもしれない。
でも、美尻や美バストが使われがちなシチュエーションのほとんどは、写真集や新作下着のプロモーションなのだ。
広告ともなれば被写体の加工は当たり前だろうから、お肌のコンディションが多少悪くてもそれなりには見えるだろう。
大体、下着に覆われていればある程度の形はキープできるから、そりゃ美しく映るだろうと。
下着を外した時に左右の乳があらぬ方向を向いているとか、乳輪が湯呑の直径くらいあるかもしれないのに、見えている部分だけ切り取って「美」と言ってしまうのはいかがなものかといつも思っている。
管轄外の背中の肉を引っ張ってきて水増ししているのだから、そもそも乳なんて大きさからして偽装だらけだ。


最後に全然関係ないけど、ぼくは女性の顔を見るときに明日花キララか深田えいみのどちらかに似ていればほぼ整形だと思うことにしている。
整形のパターンが少ないのか、女性自身が可愛い・美しいと感じる顔を集約すると両者になるのかは定かではない。
だけど、これだけ多様な価値観に溢れた現代社会においても、美の基準って似たり寄ったりなんだなと思う。

お前とお前の子供と

こないだ、携帯電話のショートメールに来る身に覚えのないメッセージには反応しないようにというニュースを見た。

www.jprime.jp

「宛先不明のため荷物を持ち帰りました」なんて嘘メールは割と昔からあったと思うが、最近はコロナ禍での巣ごもりから通販需要が急増しているため、比例して詐欺の被害も増えているらしい。
冷静に考えればショートメールで連絡が来るのはおかしいのだが、そもそもこういう詐欺メールは引っかかる人だけ騙せればいいのでメールの文面に違和感を覚える人は最初から対象にしていないだろう。
ぼくもたまにショートメールにサイトの料金未納案内だのが来ており、しょうもないなあと思いながら無視している。
あの人らは自分の仕事が社会に必要とされていないどころか、憎まれていることについてどう思っているのだろうか。
そもそも、このご時世にショートメールなんて滅多に使わないので見ることもほとんどない。
先日もスマホを見るとショートメールの受信通知が来ていたので、一応内容を確認してみた。
身に覚えのない電話番号からのメッセージで「来週は海に行きます!楽しみです!」という内容のメールである。
知らんがなと思って削除しようとしたのだがハッと我に返った。
これは友人の子供(小三)からのメッセージだ。


先日結婚10周年を迎えた友人夫婦には、子供が三人いる。
メッセージを送ってきたのはそのうちの長男だ。
こんな言い方をすると誤解されるかもしれないが、彼がお母さんのお腹の中にいるときから知っている。
1~2ヵ月に一度くらいのペースでご自宅にお邪魔しているが、今年の年明けに訪問させてもらった後に緊急事態宣言やら何やらがあったので伺うのを自粛していた。
7月に久しぶりに伺ったのだが、以前には持っていなかったキッズケータイを長男が所有しており、ウキウキでぼくに電話番号を求めてきたので連絡先を交換したのである。
目の前にぼくがいるにも関わらず早速彼からのメッセージが届き、何色が好きかとか家から何が見えるとかとりとめのない内容が送られてくるので、全てうんこちんこで返信したら爆笑していた。
男子はこうなったら一生うんことちんこで笑うようになるのでどうしようもない。


先日はぼくの誕生日だったのだが、彼はそれを覚えていたらしくわざわざお手製のバースデーカードとお菓子の詰め合わせをプレゼントしてくれた。
思えば彼は節目節目にお手紙とかをくれるので、筆まめなやつなのかもしれない。
後で聞いたが、お菓子は自分の取り分から捻出したもので、バースデーカードに使った画用紙もひとりでお店に行って自分のお小遣いで購入したものだそうだ。
昔は大皿に盛られた唐揚げを食べきれないほど自分のお皿に取り、自分のお菓子を弟に渡すまいと喧嘩していたあいつである。
みんなでお茶をしているときも、お小遣いで買ったというおやつカルパスを分けてくれた。
いつの間にか自分のお菓子を人に分け与えるような人間になったのかと彼の成長を実感し、友人たちの育て方に感心し、人生であまり味わったことのない何とも言えない感情になったのである。


ぼくはこれと言って子供が好きというわけでもないし、特に興味もない。
子供だから好きというよりはそいつだから好きというだけで、子供であれば無条件で愛するという精神ではない。
ただ、世間的には子供のことが好きでないと驚かれて冷血漢のような扱いを受ける。
妊婦さんや子連れが困っていれば手を貸すし、誰も見てないところで他人の子供をバンバン蹴ってるわけでもない。
嫌いではなくて特別好きではないだけなのだ。
お前の子供が特別だと思ってるのはお前だけなので、他人にまで特別扱いを求めないでほしい。
人としてするべき配慮はして自分の美意識に従って行動しているだけなのだ。


お宅訪問から帰宅した後は友人にお礼のラインをするのだが、その日から長男にもショートメールをすることにした。
「プレゼントありがとう。これからも優しくて愉快な○○でいてね。また遊びに行きます。」と送ったところ、「やさしくします!楽しみです!!」という若さ丸出しの返信がきた。
あまり意味のないメールをするなと友人から言われているらしく、それから特に音沙汰はなかったので冒頭で紹介した海に行く報告メールが久しぶりの連絡であった。
ちなみにその後、海に行った彼からは「かにを2ひき捕まえました!貝と貝殻も3個捕まえました!」というご丁寧に数まで添えた報告メールが届いた。
「なわとび117回とべました!!」などという近況報告メールもたまに来る。(その後170回飛べたらしい)
さすがに返信をうんこちんこで済ませるのは彼をひとりの人間として見ていない気がするので、これからはほどほどにしようと思う。