毎年7月から8月にかけて集英社の「ナツコミ」というキャンペーンがある。
期間中に集英社のコミックスを購入すると選べる特典がひとつもらえるというもので、年によってカードだったりシールだったりする。
話題になっていたので知っている人もいるだろうが、今年に限ってそれがなぜか転売ヤーに荒らされてONE PIECEのカードだけ速攻で品切れになったのだ。
フェア開始前のメルカリでのフライング転売、フェアが始まってからも本屋に転売ヤーが殺到して店の本棚が荒らされたりと大変な惨状だったようである。
例年通りのナツコミであれば特典が売り切れたことは自分の観測範囲ではなかったので今回の事態は異常であり、ONE PIECEトレーディングカードの値段が投機家によって釣り上げられているとか何とか聞いたがこちらにしてみればそんなことはどうでもよい。(というかナツコミのはトレーディングカードですらない)
自分はナツコミの期間に購入したジャンプコミックスには購入した漫画と同じ特典をもらってコミックに挟んで本棚に保管しておきたい派である。
今回であればONE PIECEの115巻を購入したので、ONE PIECEの単行本に別の漫画の特典が挟まっていたらこだわりとしておかしい。
自分の好きなものが転売ヤーのせいで購入できなかったという経験をしてこなかったので、欲しいものが手に入らないことがこんなにもストレスであるとは思わなかった。
ちなみにそのあとの7月13日に発売された週刊少年ジャンプ33号にはONE PIECE29周年を記念したカードが付いてくるとかで、またちょっとした騒ぎになった。
予約分のみで店頭販売はないとする本屋なども現れて、またしても転売ヤーによりいろんな人が迷惑をこうむったわけである。
ジャンプは何とかして購入できたが、いつもの本屋に行ったらジャンプ購入者専用の列が設けられていたのでお店も大変そうだった。
↓先月分↓
mezashiquick.hatenablog.jp
↓今回読んだもの↓※赤字の漫画は完結済み
ONE PIECE (115)
ゴムゴムの実の真価が明らかになったことで、シャンクスが東の海にいたのはゴムゴムの実を手に入れるためだということが分かった。
そして今回、シャンクスが腕をちょん切った理由もイム様との浅海契約を破棄するためであったことが判明した。
いやまあそう明言されたわけではないけど、浅海契約の紋が左腕に入っていたしそうなのでしょう。
あとはシャンクスがなんでマリージョアにいたのかが気になる。
彼の性格を考えると里帰りしているとは思わなかったので、フィッシャータイガーの逃亡にも手を貸していたっぽいし何らかの意図があってのことだとは思うけども。
そして一コマだけだったけど、ガーリング聖が帰ってきたシャンクスに優しかったのは意外だった。
下界に堕ちた子供など興味はないくらいのスタンスかと思っていたが、天竜人は選民意識が強すぎる分身内にはかなり甘いのかもしれない。
あと気になるのはしらほしの存在だった。
イム様はしらほしが生まれたことを世界のうねりの一つであるようにカウントしていたけど、正直こちらとしては彼女の脅威がいまいち分かっていない。
しらほしが古代兵器ポセイドンであり、海王類を従えられる存在だとしても世界政府やイム様がそこまで恐れることだろうかと思ってしまう。
彼女が恐ろしいと言うより、ジョイボーイと絡めて脅威に考えているのかもしれない。
猩猩姫 (2)
作者さんの前作である『虎鶫』がアニメ化するらしい。
面白かったとは思うけど、正直言って尻すぼみで終わってしまった感もある作品だった。
非常にパワーのある絵なので2クールくらい使って一気に駆け抜けたほうがよいと思うのだがどうなるだろうか。
一巻に初回特典として封入されていた、『虎鶫』のツグミと本作の猩猩姫が一緒に描かれたポストカードはこれを見越してのことだったのだろう。
サンダー3 (9)
しばらく休載を挟んで連載再開となった。
現在アニメも放送されている。
こちらのインタビューによれば、作者さんは本作で引退するそうだ。
漫画は相変わらずどかんどかんやっているだけで内容もないし、サンダー3たちの戦闘に緊張感もない。
サンダー3のことをよく知らないのにリベリオンのことを掘り下げられてもと思っていたが、もしかしたらあちらを主人公として楽しむ漫画なのかもしれない。
正直、なぜ読みつづけているのか分からない漫画は久しぶりである。
9巻発売時点で本編は完結済みで、次巻で終了とのことだがこのまま終わっても何も残らないので最終回がどうなるか不安である。
バルバロ! (4)
本作は登場人物が割と多いのだが、この人が過去の何話に登場していたとか、その人のエピソードが何話で描かれていたとかを注釈で入れてくれるのでありがたいと今更ながら気づいた。
少し前からまゆみさんは離婚調停を取り下げて孝志くんと一緒に暮らしているわけだが、それゆえに生じる苦悩と向き合っているところだ。
まゆみさんは母親のことが嫌いで母親のようにはなりたくないと思っているけど、生活していく中で自分が母親に似てきているのも自覚している。
そして母親と同じように嫌いだった母親の彼氏と孝志くんがダブってしまい、孝志くんにも死ねって思ってしまっている自分を止められないでいるのだ。
母親の彼氏は酷いやつだったけど孝志くんは優しい人なので全く重なる要素はない。
まゆみさんとしてもなぜお互いがダブって見えてしまうのかは言語化できてないように思う。
理屈とか当人の人格は関係なく、母親に似てきた自分とその彼氏というポジションでダブってしまうとか、今は優しい孝志くんもいつかは母親の彼氏のようにどうしようもない男になってしまうと男性不信的な考えから来ているのかもしれない。
また、不遇な環境で育った人は不遇が日常だったから幸せになることに慣れていないというか拒絶反応のようなものが出てしまうので、不幸せになる理由を探しがちというのも聞いたことがある。
かつてまゆみさんは孝志くんの家にお邪魔した際、「家族が自分の味方じゃないなんて気持ちは分かりっこない」と暗い目で考えていた。
いくら優しくても真に自分を理解してくれることはないだろうという諦めから「死ね」と思ってしまうのだろうか。
まゆみさんは風俗という仕事を選んだ理由を妹に聞かれたときに、「自分ができることの中で何が我慢できて何が我慢できないか考えて残ったのが風俗」だと言っていた。
自分のことをしっかり分析できている人でも、好きな人に死ねって思うことは我慢できないのである。
嫌いな相手みたいになりたくないとか嫌いなあいつを見返したいとかいうのは、その対象のことを意識しているということだから疲れるというのは非常によく分かる。
だけどまゆみさんの心臓に貼りついてしまった「死ね」はそう簡単に取れるものではないのだ。
ここまで真に迫ったことを描ける時点で、作者さんの実体験も交じっているのではないかと思ってしまう。
ながい窖
自分は手塚治虫漫画全集で手塚作品を読んでいるのだが、本作は全集にも収録されていない。
一度短編集に収録されたこともあるがその後は単行本化されることのなかった幻の作品と言われているようだ。
ちなみに「窖」は「あな」と読むのだが「あなぐら」でないと変換できない。
日本国籍を取得し日本人の「森山」として生きている朝鮮人「趙」のアイデンティティと日本の民族差別の実態を描いた話。
『アドルフに告ぐ』とか『メトロポリス』もそうだが、手塚治虫は差別について描いた作品が多い。(メトロポリスはロボットだけど)
例に漏れず本作も手塚治虫のそうしたテーマによって描かれているわけだが、本作は後半の展開が何というか雑であるため、そういう未完成なところが「幻」たるゆえんでないのかなと思った。
ところで本書は本文130ページ中、漫画部分は50ページしかない。
残りのページは何が書かれているのかと言うと6人分の解説が掲載されているのである。
出版元の法政大学出版局によると以下の意図があったらしい。
法政大学出版局で漫画を出すのは初めてであり、漫画に強い出版社からではなく、「大学出版」から復刻する意味をいろいろと考えました。漫画50頁に対して有識者による解説80頁を付ける。漫画研究と歴史研究、二つの文脈をおさえて、これを読めば日本と朝鮮の文化史、近現代史が掴める。そして、この社会で現におこなわれている差別を認識するきっかけになる。そうした方向性を目指しました。
単なる漫画ではなく人文書のような方向性を目指したかったのはまあ理解できるけど、本作は税込み2,200円もするため解説でページ数を水増しして値段を上げる手法はやめたほうがいい。
当時の漫画で民族差別について描くことの意義とか、手塚治虫の思想信条とか、そういう作者についての内容ならともかく自分の主義主張のために漫画を利用しているような人もいて正直冷める。
確かに勉強にはなったし漫画の枠組みには留まらない価値はあると思うけど、社会問題を語るダシのように使われている印象を受けていい気分はしなかった。
キマイラの新しい城
石動戯作シリーズの4作目であり、同シリーズの最終回でもある。(多分)
とは言え最終回と銘打たれているわけではなく、作者さんは既に亡くなっているのでこれからもシリーズは続けるつもりだったのかもしれない。
中世ファンタジー風の世界を再現したテーマパーク「シメール城」の社長である江里陸夫はある日、自分が中世の騎士であるように振る舞い始める。
その騎士は自らを「エドガー・ランペール」と名乗り、750年前の自身の死の真相を解き明かしてほしいとの依頼で石動が事件の解明に乗り出す。
自分はずっとこのシリーズを読んできて石動が探偵っぽくないなとは思っていた。
それは作中に彼以外の名探偵が登場するとか、読者でも明らかに分かっていることを見落としている粗忽なところから来ているのかなあと思ったがやっぱりどうにも言語化できない。
だけどそんな石動でも狂言回しとしては有能だし殊能さんの作品も好きなので、もう新しい作品を読めないのが悲しい。
家に積んである残りの殊能さんの作品は残すところあと2作品となったので大切に読んできたい。
毒入りチョコレート事件
ロジャー・シェリンガムの主宰する「犯罪研究会」にスコットランド・ヤードの警部から未解決事件が持ち込まれた。
夫妻が譲り受けたチョコレートの中に毒が入っており夫は一命を取り留めたものの、妻は死亡した事件である。
ロジャーは会員の面々に事件を調査してひとりずつ発表してはどうかと提案し、各々が事件の解決に挑む。
ひとつの事件に対して6人の探偵役が推理を披露する多重推理もので、ミステリ史に残る傑作と言われているらしい。
自分も期待して読んだのだが、まあとにかく文章が読みづらいことこの上ない。
訳が古いため言い回しが古風だったり例えが分かりづらかったり二重否定があったりするため、読み進めるのに非常に時間がかかった。
例えば、女好きな登場人物が新しい女性にアプローチをかけようと決意した場面での描写。
ユーステス卿は、彼のベルトに既にぶら下がっている、あまり知的でない女たちの頭皮に、知的な女の頭皮を加えようと思いついた。
これが本当に何のことを言っているのか分からず、行儀が悪くて申し訳ないが本屋に並んでいる新訳版では該当箇所がどうなっているのか読み比べしてみた。
どうもこれは女性を口説き落とすことを「狩り」に見立てたものらしい。
狩った獲物をベルトにぶら下げることに例えて、「女性の頭皮」と書いたのだろうがあまりにも怖すぎる。
おそらく、獲物とは動物を連想してほしいのではなくそのまんま人間、つまり欧米人が植民地で原住民を狩ったことに例えたものだろう。
日本で言うと戦国武将が敵将の首を腰や馬の鞍にぶら下げていたあれである。
まあとにかく、このようにパッと見ただけでは理解できない文章が多々出てくるのでちょっと疲れた。
上にリンクを貼っているのは自分も読んだ旧版だが、今から読む人は新訳が出ているのでそちらで読むといいだろう。
文章は分かりづらかったとは言え、多重推理ものは初めて読んだので新鮮な気持ちで楽しむことができた。
警察の情報から犯人を推察する人、己の調査で真相を突き止める人などいろいろいるが、彼らはあくまで素人なので警察みたいに科学的な捜査をしているわけではない。
犯罪研究会は仲良しクラブというわけではなく、各々が自分の頭脳と推理に自信を持っている人たちの集まりなので割とギスギスしており、加えて多重推理という構造上、前の推理者が次の推理者にボロクソに言われる。
そして犯人らしき人は明示されるが、真相は不明という結末も自分としてはいろんな解釈ができるので好みだった。
だが物語の形式上、新たな証言や証拠があとから提示されるため読者が犯人を当てるのは不可能ではある。
7月はミステリーを読もうと思っていたが、本作が難解すぎて2作しか読めなかった。
ということで来月も小説に関してはミステリー中心になると思う。












































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