公共の秘密基地

好きなものも嫌いなものもたくさんある

11月に読んだ本

今月は結構読み応えのあるものが多かった気がする。
ネタバレも含むので要注意で。

ONE PIECE (104)

パンクハザードに上陸してから続いてきたワノ国を巡るあれこれがついに終わりを迎えた。
長編が終わった感慨深さに加えて、成長したモモの助が口上を述べるシーン、泣いている赤鞘たちや町人、途中に挟まれたお玉ちゃんの過去には感動を禁じえなかった。
モリモリの実が出てきたのはウミウミの実が登場する布石なのかどうか。
1055話『新時代』ではウタのシルエットが映っていたのも嬉しかった。
あとずっと思ってたけど、ヤマトって貞操観念低そう。
ヤリマン的な意味ではなくて、自分の身体がどう見えているかについて無頓着とかそういう感じ。
ヤマトが登場してからと言うものあいつは仲間になるのかどうかがぼくの脳内で活発に議論されていた。
それと時を同じくして当時ジャンプ+で連載していた『恋するワンピース』で「パウリーが仲間になると思い込んでいる人の話」が描かれていたのをよく覚えている。
たまたまかもしれないが、あの作者のONE PIECEに対する熱意は並々ならぬものだったのでヤマト登場のタイミングを見計らっていた可能性もある。

チクサクコール うすた京介短編集

うすた京介先生の読み切り作品集。
うすた先生の作品で読んだことがなかったものその1。
ジャガーはおもしろいけど、登場人物の性格が軒並み悪いので純粋な気持ちで読めないことがある。
タベルは単純に合わなかった。
これはファンにはたまらんなあとにやにやしながら読んでいたら、最後に収録されていた読み切りの主人公が『シブシゲ』でもうたまらんかった。
彼が後にゆうことステファニーと出会ってメガジェットしぶしげになるのかあと思うと感慨深い。

武士沢レシーブ (1-2)

うすた先生の作品で読んだことがなかったものその2。
マサルの後に連載された作品となる。
後半になると種族間の対立と対話という今までのうすた作品では見られなかった(結果的にその後の作品にもなかった)テーマが展開されるのだが、残念ながら打ち切りとなっている。
うすた先生のコメント曰く、途中からの展開は編集部に言われたわけではなく元々そうしようと思っていたとのことなので、当時はあれが本当に描きたかったものなのだろう。
マサルではチャームポイントを取り返しに来た宇宙人たちとハンケチの上で紳士に対話をして分かり合っていたが、もしも今作がうすた先生の納得いくように最後まで展開されていたらどうなっていたのか気になる。
『ゼリー』という敵組織の名称も好みだった。

生きる

全体的にとにかく暗い。
最後の一篇はそうでもないけど、あとの二篇はひたすらに暗く、その暗澹っぷりたるやあとがきでも触れられていたくらいだった。
この後紹介する作品もそうなんだけど、国や時代が違うと現代の常識では計り知れないことが是とされていることがあり逆もしかりだ。
例えば表題作の『生きる』は御家から追腹を禁じられた侍の話で、自分で言うのも何だが割と時代劇には詳しい方だと思っていたものの「追腹」という単語は初めて聞いた。

家臣が主君の死後、その後を追う風習は当時「追腹」と称され、家臣が主君に殉じるのは「一生二君に仕えず」とする武家社会のモラルに由来していた。当初は戦死の場合に限られていたが、のちには病死であっても追腹が盛行し、江戸時代初期に全盛期を迎えた。
wiki:追腹一件)

調べてみるとこういうことのようで、確かに考えてみればぼくが触れてきた映像・小説の時代劇作品は江戸中期~後期くらいのものが多かった気がするので、江戸初期の文化はあまり知らない。
ちなみに『生きる』の主人公は病死した藩主への忠義立てとして追腹をするつもりだったのだが、おそらく今の常識で考えるなら「藩主に恩があるなら生きて御家に返せよ」となるだろう。
ところが当時の価値観では「追腹が少ないと外聞が悪い」「藩主が寂しがる」ということで、追腹はむしろ推奨されていたのだ。
また、二作目の『安穏河原』が個人的には一番好みだった。
この話には苦界に身をやつしても誇りを失わずに気高く生きている元武家の娘が登場する。
彼女は過去に家族と過ごした楽しかった記憶と父の教えを頼りに強く生きているのだが、一方で今にも消えてしまいそうなほどに儚く描写されており、結末も含めてなんかもうちょっと見てられんかった。
こういう話を見ると、ToHeartのマルチED(コンシューマー版)にあったセリフを思い出す。
意訳すると、「ずっと眠っててもその思い出だけで楽しく過ごせるような日を過ごそう」というものだ。
過酷な環境でも思い出ひとつだけで人は折れずにやっていけるのだろうか。
それとも、周りにすがるものが何もない極限状態だと最後の頼みは思い出のみという精神状態になるのだろうか。
三作目は元カノを引きずっている侍の話で、どの話もぼく的には非常に印象に残った。
時代劇は苦手な人もいるだろうけど、何かおススメを聞かれたら間違いなくこの作品を挙げるし、多くの人に読んでもらいたい。
現実でも物語でも真面目に生きている人間には報われてほしいと思っているんだけど、悪い奴が堂々と生き延びていることだってあるのでご都合主義的にはいかんものだ。

人生エロエロ

週刊文春で連載されているエッセイを文庫化したもので、タイトルは違えど書き出しはすべて「人生の3分の2はいやらしいことを考えてきた。」で始まるシリーズ。
順不同で読んでいて今回で2冊目となるが、たぶんどこから読んでも問題ないと思う。
今回印象に残ったのは「セックスの向き不向き」という一言だ。
素人投稿写真雑誌を毎月読んでいるくだりから始まり、毎回パートナーとの写真を投稿してくる常連さんもいるらしい。
この話を書いていたときのみうらさんは50代半ばだったとのことだが、周囲は「パートナーの欠陥を言い訳にセックスレスで放置している」人ばかりなのだそうだ。
パートナーとのめくるめく性の時間を写真や映像に残してあまつさえ周囲に披露する人もいる一方で、望んで一緒になった相手とスキンシップさえとらなくなった人もいる。
日本ではある程度の年齢になると性を匂わすことが「みっともない」とされがちなのでなおさらだろう。(かといって場所を選ばずのべつ幕無しに接吻する欧米的な文化が良いとは思わないが)
素人投稿雑誌から世間のカップルや夫婦のセックス事情に思いを馳せる一幕はリリー・フランキーさんのエッセイにも登場する。
リリーさんは彼ら彼女らのやってることは変でもなんでもなく、「普通なんです」と断言している。
写真を雑誌に投稿しているから色眼鏡で見られているけど、特段性欲が強いとかそういう訳ではない気がするのでただ単に「セックスに向いている人たち」なんだと思う。
この本を買うとき、みうらじゅんさんの書籍の間に「宮部みゆき」さんの著書が挟まっていたが、本はちゃんと元の場所に戻そう。

マノン・レスコー

以前読んだフランス文学の『椿姫』にこの作品が登場するので興味を持っていた。
椿姫の作者はこの作品に影響を受けたとされていて、『ファム・ファタール』(男を破滅させる魔性の女)が出てくるところも同様だ。
中身は「そりゃそうなるよ」としか言えないストーリーなのだが、語り手次第で世界の見え方ってここまで違って見えるんだなと実感した作品。
漫☆画太郎先生がジャンプ+で連載中の『漫古☆知新-バカでも読める古典文学-』という漫画でも「古典文学って コンプラ ガバガバでエログロ描写満載」と言及されているのだが、この作品もまさに現代とのギャップを味わえる。
主人公は貴族のボンボンで、たまたま街で見かけたマノンに一目惚れをして駆け落ちする。
そこからくっついたり離れたりを繰り返して物語は進行していくのだが、ふたりとも考えが浅薄なので後のことを何も考えていない。
ロクに仕事もせずに浪費するばかりなので金銭面の不安からふたりはパパ活詐欺に手を染め、未遂で終わるものの監獄にぶちこまれる。
どう考えても悪事を働いた方が悪いのだが、男の方は執念深い上に認知が歪んでいるため「無常で残酷な運命によって愛する人を奪われた」と本気で思い込んでいるのだ。
基本的にこの物語で起きていることは彼らの無軌道な行動の結果によってそうなった(そうならざるを得なかった)だけなのに、自分たちが「されたこと」しか目が向いておらず、「何をしたか」が抜け落ちている。
父親や友人を何度も裏切っているのにいざというときには彼らが助けてくれると本気で信じており、それを「善意」という言葉で押し付けることに何の躊躇もない。
ヒロインであるマノンの描写も少ないので悪女という印象も薄く、どちらかと言えば忍耐力の足りない考えの浅はかな金遣いの荒い女としか思えなかった。
主人公にもヒロインにも何一つ共感できないが、ぼくにとって登場人物に共感できるか否かは物語を楽しむ必須条件ではなかったので、珍獣を見るような目で楽しく読んでいた。
物語の中では「貴族がなぜ貴族たりえて、他の凡人と比べて卓越しているか」といった貴族論や、パリの華やかな暮らしや宗教観など当時の文化を知ることができるのも興味深い。
人によってはイライラするかもしれないけれど、とりあえず読んでみてほしい。

結婚相談所を退会した話

実は結婚相談所に登録しており、先日退会したのでその話をしようかと思う。
本当はGoogleの口コミにでも感謝の気持ちを綴りたいのだが、口コミのアカウント名をうまいことする方法が分からないのでここに書くことでお礼に代えさせてもらいたい。
釣りみたいになるのは嫌なので最初に言っておくと、成婚して退会したわけではない。

前提として

世の中に蔓延っている個人の婚活ブログやSNSは、婚活の参考として見る必要はないと感じている。
なぜならその婚活体験記はその当人にのみ適用される事例でなので再現性が低いからだ。
個人の婚活体験記の都合のいいところだけを抽出し、「○○さんはこれで成功したと言っていた」と無理難題をふっかけてくる人がいるという。
見るべきなのは"結婚相談所"が運営しているブログやSNSであって、個人のものなんか正直何の役にも立たない。(相談所にも良し悪しがあるので一概には言えないが)
結婚相談所はいくつもの婚活事例を見てきているので、統計的にも確実性の高いアドバイスをしてくれる。
それは時に自分の意にそぐわない助言かもしれないが、ごく一部の"みんな"の婚活体験談の寄せ集めで理論武装するよりよっぽど役に立つ。
ぼくが相談所を退会した理由は後述するが、これについても自分にのみあてはまることなので、こんなやつもいるんだなくらいで受け止めたらいい。
ちなみに今までずっと活動していたわけではなく、長期の休会期間を経て退会に至ったので最近は婚活はしていない。

相談所のシステム

まず結婚相談所のシステムを簡単に説明しておく。
会社によって多少の違いはあるかもしれないので、ぼくが登録していたところの例になる。
流れとしては「①お見合い → ②仮交際 → ③真剣交際 → ④成婚退会」となる。

①お見合い
お見合いをしたい人に申し込む。
相手が申し込みを受諾したらお見合い成立。
基本的には申し込んだ方が相手の最寄り駅まで出向く。
お見合いセッティング料金が都度必要なところもあるらしい。(うちはなかった)

②仮交際
連絡先を交換してデートをする。
あくまでも"仮"の交際なので、身体的接触はNG
また、仮交際の相手は何人いてもいいし、お見合いもしてもよい。

③真剣交際
相談所によって異なるが、概ね1~3ヶ月で相手と真剣交際に進むかどうか決める。
この段階になると新しいお見合いは組めなくなるし、真剣交際の相手以外とはデートできない。
そのため、真剣交際になると月会費が安くなるところもある。

④成婚退会
プロポーズを経てめでたく退会。
ちなみにこの段階までに相手とおセックスすると問答無用で成婚の意思ありとみなされて退会となる。
成婚退会費用が必要であるが、入会費用が高くて成婚退会費用が安いところと、その逆がある。

退会した理由

で、肝心の退会理由だけれど「満足してしまったから」である。
成婚して退会したわけではなく、自分の中で満たされてしまったので退会したのだ。
婚活当時、ぼくは30代前半の契約社員で年収も低かったのだが、それでもお見合いは組んでもらえたし仮交際にも進めた。
お見合いも仮交際も相手からすれば「まあ会ってみてもいいかな」くらいの気持ちなので、めっちゃ自分のことが好きで受諾してくれたわけではない。
相談所によっては、お見合いも仮交際も断るなくらいの勢いでどんどん会ってみろという方針もあると聞くので、会ってもらえたからと言って勝利確定ではないのだ。
とはいえ、安定した仕事をしておらず、玉木宏みたいな顔でもない自分にも、貴重な時間を使って会ってみてもいいかと思ってくれる人がいるのはありがたいことである。
加えて、お見合い・仮交際のお相手ともに素敵な人ばかりで驚いたのもよく覚えている。
お見合い写真ってみんな盛り盛りで撮影してると思うんだけど、どの人も写真より実物のほうが魅力的だった。
婚活は大変だったが、必死に思い出してみても嫌な思い出はひとつもない。
そもそも、ぼくが相談所に登録した理由は「自分に自信がなかったから」「殻を破りたかったから」である。
結婚したいというのは第一ではなかったし、それは入会面談時にきちんと伝えている。
今思えば、相手ありきで自己肯定感を高めるなんて不確かなものにすがるのはみっともないけど、当時はそれほどに切羽詰まっていたのだ。
世間の婚活体験記には感謝の気持ちをどこかに忘れてきた人間たちによる、相手に対する呪詛の言葉が満ち満ちている。
少なくともぼくに会ってくれた人にはロクでもない相手は本当に一人たりともいなかった。
とある仲人さんのブログには「会えた人があなたにふさわしい人」とあったが、その言葉を信用するのならあんな素敵な人たちに会えた自分は相当幸せではないかと思ったのだ。
もちろん、真剣交際に進んだわけでも、ましてや成婚したわけでもないので調子に乗るのは早いかもしれない。
今婚活をしたとして、当時とは同じ結果にならないだろうし、現実としてひとりなのは変わらないわけだ。
だけど自分の中では納得して満足してしまったのでしょうがない。
この結論に至ったとて誰かに迷惑をかけているわけでもないし、自己完結して楽しく幸せに生きているのだから誰かにとやかく言われる筋合いはない。

結婚相談所には登録したほうがいいのか

結婚したいのなら男女ともにしたほうがいい。
近年ではマッチングアプリでの出会いも増えているらしいが、あれは一部の恋愛強者向けのものであって、恋愛には向いているかもしれないが結婚相手を探すのには不向きだ。(やったことないので知らんけど)
アプリには「いつか」結婚したい人はいるかもしれないが、「今」結婚したい人は相談所のほうが多いだろう。
もちろん相談所もピンキリなのでいいところに当たるのは難しいかもしれないが、そこは前述した相談所運営のブログなりSNSなりを参考にすればいい。
当然ながらお金はかかるので、個人的には入会金が安くて成婚退会料が高いところを選べば初期費用を抑えられると思う。

結婚するということ

友人から、亡くなった志村けんさんを例に出して「お前は結婚したほうがいい」と言われたことがある。
志村さんみたいに取り巻きがいっぱいいれば結婚する必要はないだろうけど、お前はそうではないのだから相手を見つけるべきだと。
そこでぼくは「取り巻きはおらんが友達はいる」と反論したのだが、友人曰く友達ではダメなのだそうだ。
年を取れば身体が思うように動かなくなったり、家族のことで忙しくなったりすると会うのが難しくなる。
友達は同世代が多いのでそれらの変化が同時期に起こりがちだが、社会に出てからだと若い友人が作りにくい。
その点、取り巻きだと若いやつもいるから暇なときにフットワーク軽く飲みにいけるため、友人と取り巻きはそこが違うのだと。
この意見はなるほどなと思った。
また、退会の意思を伝えたときに担当の人と「将来何が起こるか分からん」という話になった。
今は結婚したくなくてもいつか一人で寂しいと思う時がくるかもしれないと。
その際に「今は寂しくなくても将来寂しく"なるかもしれない"という理由で結婚相手を探していいものか」と素直な疑問をぶつけたのだが、「それでいい。みんなそれで婚活してる。」と返ってきた。
みんなそんな生命保険みたいな、転ばぬ先の杖みたいな理由で婚活してんだなあと思ってピンとこなかったので、やはり結婚に親近感が持てないのだと思う。

今後どうやって生きていくか

結婚したいわけではないが恋人はほしいものの、そのために何かしてるわけでもないのでまあこのままなのかなあと思う。
世の中には「先のことを考えても仕方ない」という意見と「将来に備えないといけない」という意見が併存している。
どちらもその通りなので要はバランスなのだが、ぼくにとっては結婚こそ「先のこと」なのだ。
ぼくの登録していた結婚相談所は皆さん親切で、優しい言葉ばかりではなく厳しいことも言って尻を叩いてもらえたので本当に感謝しきりだ。
成婚という形でお礼ができなかったのは残念だが、相談所での活動を経て気持ちは前向きになったし、仕事や人間関係にも恵まれて人生も上向いている。
行動していなければ今のような心持ちにはなっていなかったので、結婚相談所の門を叩いたのは間違いではなかったと確信している。
退会せずに婚活していればよかったと後々ならないように、あのときの決断が正しかったと思えるように豊かな人生を歩むしかない。
辞めることを決めたのが一粒万倍日だったので、蒔いた種がなんかの形で実ってくれたらいいなあと思う。

10月に読んだ本

BLEACH月間だった先月とは違って、今月はまあそれなりに色々と読めたと思う。
気になる人は一応ネタバレ注意で。


↓先月分↓
mezashiquick.hatenablog.jp


↓今回読んだもの↓

ルリドラゴン (1)

女性の口内を書くのが好きな(たぶん)、作者さんによる漫画。
主人公がドラゴンの血を受け継いでいることを周囲がヌルっと受け入れているあたり、リリエンタールを思い出した。
リリエンタールやマグちゃんしかり、悪役はいるけど悪人がいない漫画が結構好きで、本作にも期待している。(今のとこ悪人も悪役もいないが)
あかね噺やギンカとリューナみたいに、今までのジャンプとはちょっと毛色が違った作品が目立ちつつ評価されてきているので、この作品もジャンプに新しい風穴を開けてほしい。
連載当初ネットで話題になりまくってファンアートも量産されたジャンプ作品で思いつくのが、ちょっと古いけどもキルコさんなんだけど、あれは結局尻すぼみで終わってしまった。
初速がつきすぎると作者さんもプレッシャーなどあるだろうけど、どうか自分のペースで描いてほしい。
現在、ルリドラゴンは作者体調不良のため休載しているが、新人作家を無理に働かせずにきちんと休みを取らせるあたり働き方改革だなと思うし、この作品に対するジャンプ編集部の力の入れようが分かる。

チェンソーマン (12)

週刊少年ジャンプで連載されていた第一部の続きを、ジャンプ+に移籍して書かれた第二部。
いつになったらデンジくんが登場するんだろうかと思いながら見てたので、しれっと出てきたときはニヤリとしてしまった。
アニメ版もかなり力が入っていて、今期では頭一つ抜けている印象がある。(刃渡り2億センチすごかった)
アニメで初期デンジくんを見てから12巻を見ると、デンジくんってこんなやつだったよなあと再認識する。
マキマさんの首輪もないし、育った環境のせいでまともな人間関係を構築できていなかったわけだから、彼には「これから」を取り戻して行ってほしい。
チェンソーマンは決して明るい話ではないんだけど、デンジくんがバカで明るいから安心して見られるし救いもあるような気になる。
伏線がどうこう考察しながら見るのも楽しいけどどちらかと言えば魅せ方や勢いに特化した漫画だし、何より作中に漂う独特のバカっぽい雰囲気(失礼な言い方だけど)を味わっていたい。
あと、痛いファンというか信者が多くて、それで敬遠している人もいると思う。
togetter.com

サンダー3 (1)

なんだこれと思って読んでいたら途中からGANTZが始まったみたいな漫画。
アイディアは画期的だと思うので今後どういう展開をするのかとりあえず様子見。

19世紀イタリア怪奇幻想短篇集

イタロ・カルヴィーノの『まっぷたつの子爵』を読んだ後に見つけて興味を持って買った本。
例えばガンダムって当時としては斬新な展開で、後発の作品に影響を与えたとかってよく言うじゃない。
もちろん今見ても面白いんだけど、新しいと言われていた設定やストーリーも今は新鮮味を感じることはできない。
当時の興奮はリアルタイムで味わってこその熱狂であって、後に生まれた人間はその熱と同じ温度のものを浴びることができないわけだ。
全てのムーブメントを当事者として体験することはタイムマシンでも使うか不老不死でもない限り不可能なんだけど、できるだけ「すげえな」と言うための方法はある。
それは「その分野に詳しくなること」だ。
あとがき曰く、19世紀当時のイタリアは幻想小説の作品数が少なかったそうだ。(ちなみに上に登場したイタロ・カルヴィーノは20世紀の作家)
ほんで当時のイタリアがいかに幻想小説が成立しにくい風土だったかということが解説されてるわけだけど、イタリアのイメージがジローラモしかいないぼくとしてはピンとこなかった。
だけど、イタリアやヨーロッパ諸国の歴史に詳しい人からすれば、「19世紀にこんな作品があったなんてすげえな」となるわけだ。
話は幻想と言うだけあって死者を扱ったものからSFまで多岐に渡っておりおもしろかったけど、翻訳はちょっと合わなかった。
あと、訳者さんも言っているが先入観を持たずに読みたい人は本編読了後にまえがきを読むことをお薦めする。

聖なるズー

筆者が実際にドイツの「動物性愛者」と寝食を共にして書かれたノンフィクション作品。
「動物性愛」とは人間が動物に対して感情的な愛着を持ち、ときに性的な欲望を抱く性愛のあり方のことで、表題の「ズー」とは「動物性愛者=ズーファイル(zoophile)」の略称だ。
テーマが衝撃的なものだし、人によっては目をそむけたくなる描写もあるかもしれない。
ズーの人らの主張は理解できたし、人間とは違う種と「対等」であろうとするのは自分が想像も及ばないハードルがたくさんある。
日本ではペットって家族の中では”子供”みたいなポジションになることが多いけど、ズーの人たちにとっては”パートナー”で”性的に成熟した存在”だから動物の生を”性”も含めて受け止めるのは当然のことなのだ。
ただ理解はできたけど納得できるかというと全面的にそうとも言えない。
彼らは「対等」であることにこだわるが故になんというか、動物の意思を都合よく解釈しているようにも感じた。
例えば、ズーの多数を占めている「パッシブ・パート(セックスの際は動物のペニスを受け入れる立場)」の人たちは、「自分らはあくまで動物に求められたから応じている」というスタンスなのだ。
一方でパッシブの人たちが「アクティブ・パート(動物にペニスを挿入する立場)」の人らに「君らは本当に動物の自主性を尊重していると言えるのかい?」とマウントを取っているのはなんか違うんじゃないかと。
(自分たちのアイデンティティに関わることだから、過敏になるのは理解できるけど)
タイトルの「聖なるズー」というのも、ズーの団体から抜けた人が彼らを「倫理観が強すぎる」「聖人君子」として皮肉って呼んでいる言葉だ。
団体から抜けた人についてはあまり取材する時間がなかったとのことなので深掘りはできていないが、袂を分かった人たちの話もぜひ聞いてまとめてほしい。
また、作中で筆者さんも述べているが、性的少数者だからといって他人のセクシュアリティに寛容ではないし、平気で差別的なことも言うんだなと思った。
具体的には、作中で登場するズーの女性が同じコミュニティ内の男性の男性器を見たこともないのに「彼のペニスは小さいに違いない」と想像で決めつけて笑っている場面がある。
ただ単に性的少数者というだけで全ての理解者ではないのだから当然だなという気持ちと、差別される苦しみを知っているはずなのに他人のことは簡単に差別するんだなという気持ちが同居していて何とも複雑な思いがした。
全体を通して、筆者さんが話を聞く相手に肩入れせずにできるだけ客観的な姿勢で話を進めているのが印象的だった。
本人は「観測者」であることが傲慢ではないかと自責の念に駆られる場面もあるが、作中で語られる筆者さんの過去を鑑みると、善悪を安易に断定せずに他人の価値観を受容できるのは本当に尊敬する。

9月に読んだ本

前回の予告通り、9月はBLEACH全74巻を読むのに費やしたので、9月に読んだ本と言いつつBLEACHの話しかしない。
もっと読むペースを上げれば他のも読めたかもしれないが、せっかく所有できたのだからじっくり向き合いたかったのだ。
原作・そして現在放送中の千年決戦編のネタバレがあるので注意で。


↓先月分↓
mezashiquick.hatenablog.jp


↓今回読んだもの↓

BLEACH 1-74


そもそも連載中からBLEACHは大好きだった。
台詞や固有名詞の圧倒的センス、コマ割りのスタイリッシュさ、白と黒しか使っていないのに世界に色があるように見せる画力、吹き出しまでも駆使した動きのある絵。
キャラクターデザインも魅力的で全てのキャラが強烈な個性を有しているし、ただカッコいいだけではない何とも言えない引力が存在する漫画だ。
単行本は持っていなかったものの、護廷十三隊各隊の隊長・副隊長・席官・一般隊士くらいは把握しているし、破面・完現術者・滅却師等もバッチリだ。
もちろん好きな鬼道や斬魄刀も部門別(解号・能力・形状など)に挙げることができる。
BLEAC愛好家に話を振られても返せるくらいの対応力はあると思っている。
BLEACH展にも行った。
ここまでのポテンシャルを秘めていながらどうして漫画を持っていなかったかと言うと、単純に74巻もの単行本をしまうスペースがなかったのだ。
我が家には既にONE PIECEが全巻あり、ONE PIECE以外の漫画もそれなりにある。
あと、本棚を買うための諸々の行動がめんどくさかった。
古い本棚を撤去し、自治体の定めに従って処分し、新しい本棚を購入し組み立てるまでの流れは乗り越えるまでの壁が多すぎるのだ。
ところが、前述したBLEACH展しかり、千年血戦編アニメ化しかり、BLEACH熱が盛り上がってきたところであったため、せめてアニメ化までに全巻読んでおかねばと思って重い腰を上げて本棚を購入したのだ。

  • 憤慨していること

昔、ジャンプで連載されていた『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』という漫画がある。
自分を形作った漫画のひとつに入る作品なのだが、それを言うと「チョッチョニッシーナマッソコブレッシュエスボグリバンバーベーコンさん」を自信満々に言ってくる奴が嫌いだ。
まず、あれを言えたところで自慢にもならないのだ。
支離滅裂なようで語呂や言葉のテンポが良いので覚えやすいワードであるため、諳んじることは難しくない。
うすた先生はそこらへんの絶妙なオリジナル言語を考えるのが本当にうまい。
「チョ☆チョニッシーナマッソコぶれッシュ☆エスボ☆グリバンバーベーコンさん」(以下、略称である”ポエム”とする)と書けてこそ覚えたと言えるのである。
こうした発言に対して「向こうから歩み寄ってくれてるのに」と言うやつもいるが、このケースに限ってそんなことはまずない。
もしも相手がこちらの話題に歩み寄ろうと思ったり、マサルさんのことが好きだったりするならば、好きなキャラクターやエピソード、アニメの話から入るはずである。
初手からポエムの正式名称をドヤ顔で披露することはない。
この例はBLEACHにも当てはまるところがあり、BLEACHが好きだと言うと、自信ありげに黒棺の詠唱を披露してくるやつが腹立つ。
自分の知識をひけらかしたいのと、「BLEACH好きな人ってこれ言っとけば喜ぶんでしょ」的な浅薄な考えが見て取れる。
こういうやつは往々にして、紅の豚のセリフを「飛べない豚はただの豚だ」と間違って覚えているような薄っぺらいやつだ。
BLEACHには名言やスタイリッシュな名場面が多く、中にはネットミームとして広く知れ渡っているものもある。
そして、作品を称するときに賞賛の中にどことなく嘲りが入った「オサレ」という言葉が用いられる。
BLEACHを評するときに「オサレ」を使うやつは個人的にファンではないと思う。
別に、ネットミームになっていたりネタになっている分にはいいのだ。
そこから作品に興味を持つ場合もあるし、とっかかりは何でもいい。
(だけどYoutubeのコメント欄でBLEACHのセリフを引用して陳腐なコメントをし、うまいこと言ったと悦に浸ってるやつは死んでほしい)

  • BLEACHと向き合って思ったこと

前々から思っていたのだが、BLEACHの主人公である黒崎一護はいまいち頼りない。
悟空やルフィやナルトなんかと比べても、「あいつが来たらなんとかしてくれる感」がとにかく薄いのだ。
同じ作品で言っても、浦原やマユリや剣八のほうがよっぽど頼りがいがあってジョーカー感がある。
【①強い敵が出てくる → ②新しい力に振り回される → ③みんなを守れなくてへこむ → ④修行する → ⑤力を使いこなして仲間のピンチに駆けつける → ①に戻る】
一護は大体上記の流れを繰り返しており、そしてめっちゃ強い敵にはあからさまにビビったり諦めたりしている。
彼に頼りがいを感じない理由は何なのかと長年考えていたのだが、今回の全巻一気読みでその謎が解けた。
一護はどんな力を手に入れても、どこまでいっても「人間」なのだ。
作中でこれに言及していたのは意外にも同じ人間ではなく破面であった。
32巻に収録されている283話において、グリムジョーと戦闘中の一護を見て怖がっている織姫に対してネルが「一護は人間。なのに死神になって仮面までかぶってあんなデタラメな力使って苦しくないわけがない。だけどあんたのために戦ってる。」(要約)と言うのだ。
一護は人間だから完璧ではないし、弱さもある。
最終話で藍染「人はただ生きるだけでも歩み続けるが、それは恐怖を退けて歩み続ける事とはまるで違う」と述べているが、これを体現しているのは他でもない一護なのだ。
強敵に恐怖を覚えたり絶望したりしつつも、みんなを守るために"勇気"を振り絞って立ち向かった彼は、東仙の言葉を借りるなら「戦いを怖れるからこそ、同じく戦いを怖れる者達の為に剣を握って戦える」存在だと思う。

  • 千年血戦編アニメ感想

ストーリーは当然分かっとるんでどんなふうに魅せてくれるか期待していたけども、全体的にスタイリッシュで最高だった。
最初の戦闘シーンでは原作では使用していなかった技を各々がノリノリで披露し、一護に至っては張り切って卍解までしていた。
キャラ同士の回りくどい掛け合いを見ていると、BLEACHが帰ってきたんだなあと実感する。
原作になかった演出として、一護VSイーバーンのくだりで一護が卍解を使おうとする際に雀部さんの台詞を間に挟むことで、今から卍解を奪われそうになる男と既に卍解を奪われた男の対比になっていたのは緊迫感の演出としてよかった。
BLEACH展のテーマソングをフルバージョンで使った特殊EDは、あの場に赴いた人間なら誰しもがニヤッとしたことだろう。
次回予告に単行本の巻頭ポエムを引用しているのも嬉しかった。
毎回ポエムを引用するのか、節目の大切な話ごとに引用するのかは定かではないが、近いうちにキルゲ(CV.山ちゃん)の「軍勢ゆきゆきて喇叭を吹く」が聞けると思うと楽しみでしょうがない。
アニメ版のBLEACHは所々しか見てないけれども、次回予告のノリが合わなかったので予告は毎回ポエム形式にしてくれると喜びます。
以前のアニメ版は長期アニメにありがちな残念作画が目立つことがあったので、千年血戦編はこの調子で最後まで駆け抜けてほしい。
久保帯人先生、アニメ化で忙しいと思いますがBURN THE WITCHの続きも待ってます。

  • いろんな好きなもの

最後に、BLEACHの中で好きな○○を挙げて終わりにする。

【好きなキャラ】
たつきちゃん

●夜一

●リルカ

久保帯人先生の描く気の強い女性はどうしてあんなにも魅力的なのか。
あとはBURN THE WITCHのニニーちゃんも良い。


【好きな鬼道】
●縛道の七十七 天挺空羅「黒白の羅 二十二の橋梁 六十六の冠帯 足跡・遠雷・尖峰・回地・夜伏・雲海・蒼い隊列 太円に満ちて天を挺れ」

●破道の六十三 雷吼炮「散在する獣の骨 尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪 動けば風 止まれば空 槍打つ音色が虚城に満ちる」

●四獣塞門「軍相八寸 退くに能わず・青き閂 白き閂 黒き閂 赤き閂・相贖いて大海に沈む 竜尾の城門 虎咬の城門 亀鎧の城門 鳳翼の城門」

同じ語感の単語が羅列されている詠唱が好き。


【好きな斬魄刀
●紅姫

●神鎗

●疋殺地蔵

●聖哭螳蜋

●鉄漿蜻蛉

●逆撫

好きな斬魄刀については解号・形状・能力・卍解など部門ごとにそれぞれあるものの、ひとまず挙げるとしたらこのあたり。

【ネタバレ】『機動戦士ガンダム 水星の魔女』第1話感想【ネタバレ】

こんにちは、ガンダムおじさんです。
ついに始まったガンダム新作『機動戦士ガンダム 水星の魔女』
PROLOGUEが非常によかったので期待しており、結論から言うと本編もとても満足だった。
というわけで感想を羅列していく。

ガンダムでやる必要があるのかという声

新作が発表されると必ず出てくる意見。
ぼくはガンダムの世界観については割と寛容なので、叩かれがちなAGEやオルフェンズも「ガンダムである必要はあるのか」とは思わなかった。(面白かったかどうかは別にして)
ガンダムとはこうあるべきおじさんは、いったい何を求めていてどうなったら納得するのだろうか。
善悪の二元論では語れない重厚なストーリー?
ファンネルやビーム兵器でなく、火薬と油の匂いがする男くさいガンダム
甘っちょろい不殺主人公ではなく、容赦なく相手をぶっ殺す主人公のガンダム
作品を型にはめ、創造することの余地を制限して何が楽しいのだろうか。
当時はいくら物議を醸しても、後々評価されれば勝ちというのはGガンダムが証明している。
ONE PIECE FILM RED』のときにも書いたが、新陳代謝がなくなったコンテンツは衰退していくばかりなのだ。
新しい要素を取り込まずして新規ファンを獲得することはできない。

mezashiquick.hatenablog.jp

女主人公であることや学園百合要素について

正直、Gガンダムや∀を通ってきた人間からすれば今さらこれらの要素を否定的に見る気はない。
∀なんて主人公が女装させられて、それを愛でる御曹司がいたわけだし。
Twitterでいきがっているオタクの偽物みたいなやつらには百合要素が好評なようだ。
新規層に見てもらえることはありがたいけれど、オタクもどき達の悪ノリ的な百合や、自分らの主義主張のために消費されるのは気持ちが悪い。
やれポリコレだのLGBTだのジェンダーだのと絡めて、作品に変な色をつけるのはやめてほしい。
「昔のガンダムだったら到底受け入れられない要素だ!!!」って、別にそんなことないと思う。
もうちょい過去のガンダムを見てから喋ってほしいし、過去作の新要素を受け入れてきたガンダムファンが多数であることも知ってほしい。
女主人公や有色人種や同性愛者に特別な意味を持たせすぎだし、そういうやつに限って思ってたのと違う展開になったら「裏切られた!」って言う。
アニメはお前らの主義主張の代弁者でも、反対論者を叩くための棒でもないわけよ。
ぼくは主人公ペアの関係にシャアとガルマに近いものを見た。
ミリオネ・レンブランの父親がスレッタ・マーキュリーにとっての仇であり、復讐を果たすために同じ学校に入学したなんてまさにあのふたりではないか。
(シャアは明確な復讐心を持っていたが、スレッタは復讐のために母親によって入学させられたことを知らないという違いはあるものの)
ガルマはザビ家のプライドから指揮官として振る舞うことを己に課していたが、シャアの前では弱音や本音を吐露することもあった。
ミリオネも弱い一面をスレッタに披露する場面が出てくるだろうが、今まで散々擦られたような陳腐な展開になってほしくないなあと思う。
また、今のところ女主人公であることについての明確な意見はぼくにはないので様子見になるが、男じゃないといけない理由もないしまあいいんじゃないか。
眉毛も相まってタヌキ顔みたいで可愛いキャラクターデザインだと思う。
個人的に今まで絶対に受け入れられなかった展開は、オルフェンズの最終話でバルバトスがさらし首になっていたシーンだ。
この話を書いた人はガンダム好きじゃないんだなあと、心から嫌悪感を抱いたのを忘れない。

ガンダムエアリアルと主題歌について

本作の主役機は「ガンダムエアリアル」といい、スナック菓子みたいな名前をしている。
スレッタのセリフから察するに、幼い頃から彼女と付き合いがある機体のようだ。
好意的な目で本作を見ているけれど、主題歌だけはどうも薄っぺらくて受け付けなかった。
こういう曲がガンダムの主題歌になるのに拒否反応があるあたり、ぼくも時代についていけない古い人間になったのだなと思うし、この点においては頑迷な原理主義者たちと変わらない。
ところが、公式サイトには"主題歌の原作小説"があり、主題歌がガンダムエアリアルくんの感情を歌った歌だというのはなかなか粋なことをしよるなと思った。
wikiによれば、エアリアルくんは『ほかのMSにはない自我を有し、声を発せないまでもモニターの表示や点滅などで人間とコミュニケーションを取ることができる。』とのことらしい。
ぼくはこういう「機械と人間のコミュニケーション」的なやつが大好きなので今後の展開が楽しみなのだが、そういう作品は大体が機械との悲しい別れが待っている。
エアリアルくんが「くたばれ、ブリキ野郎」の如く特攻して最期を迎えないか今から本当に心配している。
Gレコやオルフェンズもそうだったが、最近のガンダムは主人公が後継機に乗り換えるのではなく元の機体を改修するという形で主役機の交代をしている。
ぜひともエアリアルくんも新造の機体に道を譲るのではなく、改修を続けて最後まで戦ってほしい。
一話からいきなりファンネル(本作では"ガンビット")を披露したのには驚いたし、ファンネルがMSの装甲板になっていたのはなかなか良かった。
あの世界においてガンダムは倫理的に問題のある技術を導入した禁忌の存在みたいになっているので、正体がバレたら大変なことになると思うのだけどどうするのだろうか。
富野監督が「ファンネルは強すぎるからあまり出すとつまらなくなる」と発言したこともあるらしいのだが、ソースが見つからないので本当に言ったかどうかは定かではない。
とりあえず小説のURLは貼っておくので、ぜひとも見てほしい。

g-witch.net

今後の展開

スレッタには自分の意志でやりたいことを見つけてほしい。
PROLOGUEでは母親と当時4歳のスレッタの前で父親が殺されていたため、スレッタはモビルスーツ評議会やカテドラルに対して復讐心を刷り込まれて育ったのかと思っていた。
ところが一話での彼女の様子を見るとそんな感じもなく内向的っぷりを発揮していたので違うのかと思いきや、実は復讐を果たすために母親によって入学を手配されたものの本人はそれを知らないとのことらしかった。
エアリアルくんは復讐にスレッタを巻き込むことに反対しているようだし、復讐相手の娘とも仲良くなっちゃったし、真相を知って葛藤する展開は確実に出てくるだろうし、どう見せてくれるかが楽しみだ。
彼女は「お母さんに言われたから入学した」「お母さんが付けなさいって言ったからヘアバンドを付けてる」という母親依存気味の性格である。
その性格は環境によるものなのか、母親が自分の言うことを聞くよう仕向けて教育したのかは定かではない。
OP映像を見る限り母親がきな臭い感じで写っているので、母親はある意味ではラスボスとして君臨する可能性もある。
ヒロインが髪を切る・髪型を変える展開は物語において過去との決別を表す場面で使われることが多いが、スレッタのヘアバンドもそんな使われ方をするかもしれない。
あと、あの世界には地球連邦軍的な軍隊はないのだろうか。
現時点で判明している軍事組織はモビルスーツ評議会が保有しているカテドラルくらいのものだが、企業が雇っている私兵のような感じなので規模的には大したことないのだろうか?
となると、物語としては敵勢力とのドンパチよりも主人公の成長物語に主題を置くのかもしれない。

とりあえず、いい意味で期待を裏切ってくれた作品なので今後を楽しみにしたい。
同性婚に驚いたスレッタに対し、ミリオネは「水星ってお堅いのね」と言っていたが、決闘で物事を決めるような野蛮人に言われたくはないなあと思うのだ。