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新入社員に読んでほしい本:アチェベ【崩れゆく絆】

たまにやる本レビューのコーナー。
参加している読書会があるのだが、人と本の感想について話し合うと知らなかった視点や新しい発見があるので、ブログにもしやすいのである。
普段からも読書はしているが、誰かと言葉で語り合ったほうが作品の全体像を把握しやすい。
本日の一冊はアチェベの【崩れゆく絆】だ。

www.kotensinyaku.jp


あらすじは上記のリンクをどうぞ。
今まで知らなかったのだが、作者のチヌア・アチェベはアフリカ文学の父と呼ばれている人物だそうだ。
失礼ながら、「アフリカ文学」というジャンルがあることも今回初めて知った。
以下は多少のネタバレも含むので、注意して読んでもらいたい。


この作品には訳者のまえがきがあるのだが、本編に入る前にまえがきで引き込まれる部分があった。
【崩れゆく絆】以前にもアフリカを舞台にした小説はあったのだが、その多くはヨーロッパ人によって書かれたものだったらしい。
アチェベがこれらの本を読んで気付いたことは、アフリカ大陸が文明の未発達かつ野蛮な未開の地として描かれており、得体の知れない暗黒大陸のような扱いだったそうだ。
アチェベはそれらの偏ったイメージに文学で批判的に応え、植民地支配という暴力的な手段で奪われた歴史と人間性をアフリカに取り戻すことを目的に執筆に取り組んでいたとのこと。
「勝てば官軍」の言葉通り、歴史は勝者が作る。
しかし、負けた側にも立派な歴史や文化や生き様があり、「自分たちはここにいる」と声を上げることは意味があるのだなと感じた。
アチェベが【アフリカ文学の父】と呼ばれている所以はここにある。
決して、消えていった文化が劣っていたわけでも、間違っていたわけでもないのだ。
ちなみに、この作品はとにかく固有名詞が覚えづらい。
本が刷られた年によっては登場人物紹介も兼ねた栞が挟まれているので、確認してから購入することをおススメする。


【崩れゆく絆】を読んでの感想は、現代日本にも通じる部分が多々あるなということ、そして新卒社員に読んでもらいたい本だということだ。
主人公のオコンクォは勇猛果敢な男で、若くして財と名声を成した人物だ。
一方で社会の慣習を頑なに守り、融通の利かない頑固な男でもある。
過去のとある一件から父親を憎んでおり、父のように堕落した人間にはなるまいと己を厳しく律し、その厳しさを妻や子供にも求めている。
オコンクォは実のところ優しい男ではあるのだけれど、優しさを見せることは弱さの表れ=堕落と考えており、男がハッキリと表明すべきは強さのみであると信じている。
弱さを人に見せず、相談もしない、思いやりの気持ちを言葉で伝えることのない不器用な男なのだ。


一方で、弟妹に優しく思いやりに溢れたオコンクォの息子や、オコンクォ曰く「あいつが男に生まれていたら」と評される彼の娘、社会の慣習に懐疑的で中立の立場を取っている友人も登場する。
主人公とは違った価値観の人間や、少年漫画で言う修行パート的な場面もあるのだが、オコンクォの考えが最後まで変わることがないのも驚きだった。
彼はその性格ゆえに悲劇的な結末を迎えることになるのだが、自分の悩みを周囲に話すことのないまま一人で抱え込んで自爆してしまう人というのはどの世界にもいつの時代にもいるものだ。
自分に厳しいオコンクォだけれど、厳格さを自分に求めるのは構わないが、相手にまで同レベルの規律を求めるのは疲れるだけである。
人は自分の思い通りには動いてくれないが、オコンクォのように柔軟な考えを持てない人間は、「どうしてあいつはできないのだ」と考えてイライラしがちである。
価値観や考えを押し付けないこと、まずはこれにつきる。


そして、オコンクォは失敗を極端に恐れる人間である。
父のようになりたくない一心で努力を重ね、一代で富と三人の妻を得た男だ。
しくじると弱いところを見せてしまい、他人に付け入られるのではないかと本気で考えている。
しかし、読んでみると分かるが、作中でオコンクォはいろいろとやらかしているのだ。
彼が泣き叫んだり誰かに慰めてもらったり逃げたりできたらよかったのだが、それらは全て「弱さ」であると考えている彼の心の中は吐き出せない負の感情でドロドロだったことだろう。
ぼくが新入社員にこそ、この本を読んでもらいたいと思っているのはここである。
失敗するまいと意気込んで突っ走って、プライドが高いもんだから誰にも相談せずに一人で苦しんで、にっちもさっちもいかなくなって結局取り返しのつかないことになってしまう。
オコンクォの姿は空回っている新入社員を彷彿とさせる。


別に失敗したっていいのだ。
できないことは素直にできないと言えばいい、意外と誰かが助けてくれる。
自分ががんばって無理していることを見てくれている人はいるものだ。
できないことを分からないことだらけのまま取り組んで、周りの忙しさに委縮してロクに不明点を質問することもできず、無意味にExcelを開いたり資料を見たりして過ぎていく時間に比例して変な汗が増えていく心労なんて、想像するだけでも吐き気がしませんか。
仕事の精度も落ちるし、いいことはない。
新卒の皆さんは、自分で抱え込んで言い出せなくなって内圧を高めて自爆するのではなく、人に頼れる愛され人間になろう。
まあ、新入社員にできない仕事を振るってこともそうそうないだろうから、分からないことは素直に分からないと言う程度のことでいいと思う。
若いうちの特権は、失敗して転んでも立ち上がるまで早いことだ。
年を取ると何てことない躓きも致命傷になることがあるので、回復が早い年齢のうちに転び方と起き上がり方を学んでおいたほうがいい。
オコンクォは最終的に会社を辞めてしまう(比喩表現なので、作中でどうなるのかは読んで確かめてほしい)のだが、仕事みたいなもんは病んでまでするものでもないのだから、逃げ出せるところからはさっさと撤退するに限る。
仕事を辞めることは悪ではない、貴重な新卒カードを持った君をマネジメントしきれなかった会社が悪いのだ。
そもそも、慣れない環境である会社に毎日決まった時間に来ているだけでも偉い。


ちなみに、上記したオコンクォ新卒説は読書会の他の参加者さんの意見にぼくなりの解釈を加えたものである。
本に限らず、人と作品の感想を共有するというのは世界が広がって楽しい。

mezashiquick.hatenablog.jp

しかし、古典というのは本当におもしろい。
数多ある小説の中から、今でも読み継がれているものというのはそれなりに理由があるということだ。
合う合わないはもちろんあるけれど、おもしろいよと歴史が太鼓判を押してくれているのだから、試しに何か読んでみることをおススメしたい。
海外文学を読む場合は、自分の生まれた年代以降に日本語訳されたものを選ぶと読みやすいということも教えてもらったので、参考にどうぞ。