公共の秘密基地

好きなものも嫌いなものもたくさんある

くしゃみをしても一人

そこだけ律義に守ってもしょうがないだろうと言うか、毒を食らわば皿までの精神で行けよと思うことがある。
下痢便みたいな音を出すバカみたいなマフラーを装着してバカみたいに二人乗りをしている原付が赤信号で止まったり、海では半ケツみたいな水着の女性が階段を上るときはスカートを押さえたりというようなやつだ。
最近だと、アウトローを気取って世間におもねらないぜみたいな雰囲気を醸し出しているやつがマスクをしているのも滑稽だ。
コロナにビビっていることと、周囲の同調圧力に屈してしまっている時点でそいつはワルでも何でもない。
自分が普段、どれだけ間抜けなことをしているのか理解しておらず、そのくせ変なところで急に文明人っぽくなるのだ。


最初期のブログで書いたが、ぼくの住んでいるアパートの隣人は女性の一人暮らしである。
理由は後述するが、彼女のことをぼくは密かに【茶さん】と呼んでいる。
茶さんはとにかくガサツで生活音がやかましい人で、集合住宅に暮らすのに不向きな人なのだ。
室内ドアの開け閉めは深夜であっても大きな音を立てるし、部屋を歩くときも部族のダンスのように力強く大地を踏みしめて大きな足音を発する。
おそらくスリッパを履かずにかかとで着地しているのだろうが、毎度毎度あんな歩き方をして疲れないのだろうか。
玄関のカギを閉めたあとも、閉まっていることを確認するためにドアノブをガチャガチャするのだが、その際にドアを強めに引っ張るのでドンドンという音がこちらの部屋まで響いてくる。
一時期は、深夜に何か大きなものを引きずる音が連日聞こえてきたので、さすがに管理会社を通して苦情を言った。
後から管理会社に聞いたところ、ベッドを解体していたらしい。
音が響いて隣近所に迷惑がかかるかもという発想にならないのが不思議だ。
こういうときは、うるさいからと言って壁を殴ったり直接訪問したりするのは悪手である。
あちらは女性のため何か変なことをでっち上げられてこっちが不利になる可能性もあるので、まずは管理会社に電話して相談したという実績を作っておくのが大切だ。
ちなみに、相談してからは深夜に物を引きずるような音がすると、ちょっと様子を見てから遠慮なく壁を殴ることにしている。
(基本的に生活音に関しては目をつむっている)
ぼくも決してサイレントに暮らしているわけではないので多少の生活音はお互い様だとは思うが、茶さんのそれは度を超してとにかくうるさい。


茶さんとはたまにエレベーターホールで一緒になることがある。
うちのエレベーターは一基しかない上に古くて狭い。
3人も乗ればパンパンになってしまうため、できれば相乗りしたくないタイプだ。
自室は4階なので、4階のホールでエレベーターを待っていると、茶さんも部屋から出てきてこちらに向かってくることがある。
一応お互いに「こんにちは」と挨拶はするものの、茶さんはぼくと一緒にエレベーターを待つことなく、そのまま階段で下りていく。
狭いエレベーターに男性と一緒に乗りたくはないだろうし、おそらくぼくが隣の住人だと認識しているだろうから、壁を殴ってくる攻撃的な人とはお近づきになりたくないだろう。
わざわざ4階から階段で下りる手間はあるだろうし、女性の警戒心を責めるつもりはない。
ちなみに、茶さんが先にエレベーターを待っていてぼくが後からエレベーター待ちに合流するというパターンは今のところないのだが、その場合はぼくが配慮して階段を使うべきなのだろうか。


茶さんの女性ならではの警戒心はそんな感じなのだが、彼女には生活音のやかましさ以外にも一点詰めの甘いところがある。
ガサツゆえの無意識下での行動だろうが、くしゃみがとにかくうるさいのだ。
皆さんも公共の場で、おっさんのやけにやかましいくしゃみに遭遇したことがあるだろう。
女性なので男性のように野太いくしゃみではないものの、加藤茶のくしゃみをより甲高くした感じの【引き→発射】のコンボは元気そうで何よりといつもにやけてしまう。
引きの「ヒッ」の部分なんか完全に加藤茶をリスペクトしており、引きの時点でこちらに十分聞こえてくるボリュームだ。
さすがに職場では異性を意識したモテカワ愛されくしゃみをしているだろうから、自宅にいるがゆえの油断だとは思う。
しかし、男性を警戒して同じエレベーターに乗らずに階段を利用している人が、あんなブスなくしゃみをするのは本末転倒ではないだろうか。
自室でもかわいいくしゃみをするか、開き直って鼻でもほじりながら男性とエレベーターに同乗するくらいのガサツさを見せるかくらいしないと、方向性としては中途半端だと思うのだ。
茶さんに気になっている男性がいたとして、うっかりブスなほうのくしゃみをしてしまう可能性もあるから、自分は厳しく律しておいたほうがいい。


茶さんが女性であることと、引っ越しをせずに同じ部屋に住み続けていることは、たまに聞こえてくるくしゃみで認識している。
くしゃみは茶さんの立派なアイデンティティであるから、個人的には可能な限りあのおもしろくしゃみを続けてほしい。
しかし、あのくしゃみによって茶さんが女性としての幸せを逃しているのだとしたらぼくは彼女の人生の責任までは取れないので、かわいいくしゃみを常に心掛けるか、ブスなくしゃみでもいいよというパートナーを見つけてほしい。
ぼくは、女子がオンナになる瞬間は初恋をしたときでも初めてブラジャーを付けたときでもなく、意識してかわいいくしゃみをするようになったときだと思っている。
おばさんになると開き直ってくしゃみを爆発させている女性がいるが、あの瞬間からオンナがだんだんと黒ずんでいくのだろう。