公共の秘密基地

好きなものも嫌いなものもたくさんある

水割りをください

突然だが、何かを水で割る行為がたまらなく嫌いだ。
ウイスキーも焼酎もロックで飲むし、めんつゆはストレートタイプを買う。
カルピスは牛乳で割るかカルピスウォーターを購入する。
カルピスウォーターも水割りなのかもしれないが、あれはぼくの目の前で水が投入されたのではなく、製品の段階で既に割られているからOKとする。
ちなみに炭酸水で割るのは問題ないので、ぼくの中でも法令が交錯している。


なんというか、水で割ることによってごまかしている感じがするのと、水の主張が強すぎるのと、貧乏くさい感じがするのが嫌なのだ。
仮に今、何かを水で割るとしたらミネラルウォーターを使うが、用いた水によって味とニオイが変わる気がするのも気持ち悪い。
普段は何も考えずに水を飲んでいるが、割ったときだけ水の存在を強烈に感じられる。
あと、ウイスキーや焼酎はロックで問題ないが、アイスコーヒーはあまり好きではない。
お酒は氷が溶けることによって味が変わるのを楽しめるが、氷が溶けて薄くなったコーヒーは変な味がする。
また、底のほうに残ったほんのわずかなコーヒーに溶けた氷が融合して、茶色い水が生成されるのも生理的に受け付けない。
コーヒーほど色が濃くないが、水のように無色透明でもない、あの飲み物とは言えない薄茶色の液体がコップの底に溜まっているのが気色悪くて、さっさとグラスを片付けてしまいたくなる。
炭酸水で割るのは何でOKかと言うと、単純においしいからだ。
突き詰めると水割りはおいしくない。
でもスパークリング日本酒とかいう邪悪を濃縮したような異教徒は無理。


食物が腐っているというようなあからさまなものではなく、ふとした日常の一コマに感じる気持ち悪さが結構ある。
例えば食事をしているとき、箸を箸置きではなく取り皿の上に置く場合、ぼくは箸の先を自分側に向ける。
横向きに置くのでもなく、持ち手側をこちらにして置くのでもない。
なぜかというと、箸の先は汚いので相手に向けるのは失礼な気がするのだ。
カウンターで食事をしている場合は横に人がいるので、とりあえず箸の先を自分側に向けておけば間違いない。
一緒に食事をしている誰かの箸先がこちらに向いているのは気にならないが、自分の箸先が相手に向いているのは許せない。
先端がこちらに向いていることで箸を取る際の動作が大回りになってしまうため、横向きにするか持ち手をこちら側にしたほうが動きはスマートになる。
だが、利便性の問題ではなく美意識の問題なので、これをしなくなったらただの汚いおっさんだなというある種の強迫観念に迫られてやっているところもある。


昔、たったひとりだけ、ぼくの箸の置き方に気付いた友人がいた。
がさつだと思ってたけどなかなかデリケートなやつだなと思ってこの話をしてみたが、「よくわからん」という一言で片づけられた。
もしぼくの頭がおかしかったら、そいつの目玉を箸で突き、箸先を自分側に向けていただろう。
目玉を突いてまで守った美意識は最後まで押し通さないとそいつにも申し訳ない。