以下に記す本を読んだのは確かに4月なのだがこれをまとめているのは5月なので、時期的に今年度の新入社員関係の話題をよく見聞きする。
入社から一か月経ち、社会のあれこれを当事者である新入社員が呟いたり、彼ら彼女らと接した先輩社員等の話が上がってきたりという具合だ。
その中に、「電話対応が苦手な新入社員」というトピックがあった。
曰く、彼らは自宅に固定電話のない環境で育ってきたため、知らない誰かからの電話を受けることに慣れておらず、どう応対していいか分からず苦手意識があるのだとか。
固定電話がどうこうの話はそうかもしれないが、電話対応が苦手というのは現代の新入社員に限ったことではなく昔から一定数いたであろうし、SNSで当事者が可視化されるようになったにすぎない。
だから新入社員の皆様においてはあまり気にしないでもらいたいが、新人の頃のミスというのは客観的には大したことがなくても当人からすれば人生の終わりくらいの重大事なわけだ。
正直、電話対応が苦手というのは当人の問題もあるが職場の雰囲気によるところも大きい。
常にギスギスしてピリピリしているような環境の職場だと、先輩や上司が新人からの質問を受け入れる余裕がなかったりミスに寛容になれなかったりで、大したことないミスでも当事者である新人が大げさに受け止めてしまいかねない。
自分が新卒の頃にいた職場は、支配している店長の機嫌次第でその日の雰囲気が決まるようなところだった。
店長の機嫌がいいときは職場も穏やかなのだが、機嫌が悪いときはそれを隠さないのであからさまにイライラしており、周囲の人間も店長に接するときは及び腰になる。
そんな職場にかかってくる電話に、店長の知り合いみたいな何をやってるのか知らんおっさんからのものがあった。
彼はその店の人間であれば全員自分のことを知っているであろうという前提で喋るため、名乗りも苗字のみでしかもこなれた感じではっきり発しないため何を言っているのかわからない。
自分はせっかちだからか何なのかどうにも昔から耳が遠いところがあり(難聴と診断されたわけではない)、電話も聞き取りづらいときがあるので明瞭に喋ってもらわないと伝わらない。
今思えば落ち着いていれば聞き取れていたと思うが、相手に何度も聞き返す罪悪感とピリピリした職場の雰囲気とで気持ちばかりが空回りしてしまっていた。
更に、その電話を繋ぐ店長の機嫌がまた問題で、彼の気分によって電話を回してよいか否かが判然としないのだ。
機嫌が悪いから電話に出ないわけでもなく、機嫌がいいから電話に出るわけでもない、正に聞くまでわからない。
そして電話に出ないときはとても面倒くさそうな顔で片手で追い払うような仕草をするため、せっかく電話を聞き取っても嫌な思いをすることになる。
当時の職場の具体的な業種などを挙げてもよいのだが、何となくやめておく。
ちなみにある日、店長が先輩社員の胸ぐらを掴んで壁に押し付けて叱責している場面に遭遇したため、自分はその後すぐに辞めた。
批判されがちな退職代行であるけれども、世の中には話の通じない人や企業というものは確実にあり、暴力や恫喝は当たり前なので、そういう人らに対応して疲弊するくらいなら躊躇せずに代行業者に頼ったほうがいい。
前置きが長くなったが4月に読んだ本の紹介をする。
念のためネタバレ注意で。
↓先月分↓
mezashiquick.hatenablog.jp
↓今回読んだもの↓※赤字の漫画は完結済み
チェンソーマン (20)
デンジの回想で後ろ姿のみではあるけれど、本編にもアキとパワーが登場した。
そして同じ巻で「家族がいなくなったらまたどっかで家族を拾ってくる。オレは家族の永久機関が作れる」という最低の永久機関発言が飛び出したのは切ないものがある。
デンジが馬鹿なのはそうなんだけど感情がぶっ壊れているわけではないので、家族がいなくなる度に彼は悲しい思いをすることになるわけだ。
加えてデンジは意外と正義感が強く、助けを求めてくる人間を見捨てられないところがある気がする。
今回、老いの悪魔が作った世界から脱出するために樹木になった人間を掻っ捌いて内臓を食べていたことからも分かる通り、民間人に犠牲者が出ることにはそこまで躊躇していないものの、助けを求められた人間のことは放っておけない。
それはおそらくだが、銃の魔人になったアキを殺してしまったあたりから来ていると思う。
アキとの戦闘で重傷を負ったデンジは民間人から血を与えられて復活する際に彼らから助けを求められ、その結果としてアキを殺してしまっている。
あんなに大切に思っていたアキではなく民間人を救った体験を経て、助けを求めてくる人を見捨ててしまえばあのときアキを選択しなかったことが揺らいでしまうから、助けを求める人はデンジの中で非常に重い存在になってしまったのではないかと自分は考えている。
その後の行動原理にまで影響してくるアキやパワー、それにナユタの存在が永久機関の家族で代替できるほど軽いものではないことをデンジだって言語化できていないだけで分かっていると思いたい。
(もしもデンジが助けを求める人を見捨てられない理由が明確に描写されていたのなら教えてほしい)
ジュミドロ (1-3)
マガポケで連載している作品。
作者さんはこれがデビュー作だとかどうとか聞いた。
コロッセオ(闘技場みたいなとこ)で無敗を誇る主人公のラムネは、強すぎるゆえに賭けが成立しないことから興行主に売り払われてしまう。
ところが移動中の事故により買い手である奴隷商人は死亡し、ラムネはひとり外の世界に放り出される。
ラムネは剣は滅法強いものの闘うこと以外は何も知らないキャラとして描かれている。
彼女の出生や今までどう生きてきたのかは現時点で特に語られることはなく、コロッセオに来る前は「裏の闘技場」とやらにいたことくらいしか明言されていない。(「裏」というのはサザエさんでいうところの「裏のおじいちゃん」的な意味ではなくて「非合法」ということなのだと思うが、「コロッセオ」との違いがよくわからない)
そんな何も知らないラムネが初めて外の世界を目の当たりにしたときの描写がシンプルでありながら、彼女のキャラクターをよく表していた。
ラムネは自分が食事をしているときに用いている器が「き」というもので出来ていることは知っていても本物の木を見たことがないし、「水」を飲んだことがあっても水がたくさん流れている川すら見たことがないのである。
また、「あつい」食べ物を「さます」ことも知らないため、いきなり熱いスープにがっつく。
というか熱いものを食べたことがないし、最初は「あつい」ではなく「いたい」と言っていた。
そんな一話を経て、二話ではパンを食べながら街を歩いているラムネが描かれるのだが、きっとこのパンもお金を払うということを知らずに拝借してきたのだなと容易に想像することができる。(実際そうだった)
他にもラムネが常識から外れた人間であるということは作中で度々描かれているが、ポイントはそれが自然でしつこくないということだ。
特定の分野においては他の追随を許さないものの、それ以外の常識的な部分に関しては無知であるキャラクターというのは創作でよく登場するが、描き方を間違ってしまうとただの白々しい人間に成り下がる。
明らかに人の世の理からはみ出したことをしておいてこんなの大したことがないとすっとぼけたり、無自覚に無双してみたり、そうした描写が何度も続くとうんざりするし、もういい加減に学べよと思ってしまう。
ただ単に無知をアピールするならともかく、強さと絡めてくるから余計に嫌味で学習能力がないように見える。
ラムネもキャラ的にはそれらに近くはあるのだが、冒頭の「き」や「水」の場面しかり、見せ方でここまで印象が変わるのかと感心した。
ダラダラと説明するのではなく、回想や行動でスッと見せるのはデビュー作とは思えない上手さである。
他にもラムネの強さの描写も魅力的で、特に構えが不気味なところがカッコいい。
「大雑把でありながら隙がない」と評されているのだが、今まで見てきたどの創作でも登場したことのないような独特な構えでしかも場面ごとに変わるので、一種類やそこらではないバリエーションがある。
それを一枚絵でバンと見せてくるため、この構えであったりラムネの底知れぬ感じなんかは作者さんも力を入れて描いているのかなと思う。
また、本作の世界観は中世ヨーロッパ的なまあそういう感じのやつなのだが、それなだけに治安を守る兵士たちは鎧だの盾だので武装している。
さらに、本作においては「指輪騎士」という人知を超えた力を持つ存在もいる。
指輪騎士についてはそこまで詳細に説明されているわけではないが、冷気を操ったり物体を透過したりとその指輪固有の能力を行使するわけだ。
そんな重装備だったり特殊能力だったりを有する敵に対してラムネは剣一本で戦う。
雑魚であれば一刀両断で切り捨てることができるものの、強敵ともなればそうもいかずに打ち合いになるのだが、ラムネは軽装のため一発喰らったら終わりみたいな状況なのでいくら強いとは言ってもさすがに戦闘には緊張感がある。
中世的な世界観なので医療技術も発達していないだろうし、回復魔法的なものもないので(治癒能力を持つ指輪騎士は出てくるかもしれないが)、今後ラムネが致命傷を負うような展開になったらどうなるだろうかとヒリヒリする。
そんな感じで描写はシンプルでありながら説明不足にはならず、それでいて見せたいところはバシッと決めてくる読んでいて非常に気持ちの良い漫画だった。
続刊も楽しみだ。
本作は確実にアニメ化すると思うので今のうちに言っておくが、「ジュミドロ」は「血みどろ」と同じ発音でいいだろうか。
本なら売るほど (2)
特に絵が下手というわけではないが、二巻は絵がうまくなっていた気がする。
一巻もそうだったが、古本屋が舞台のため作中において文学作品や漫画が紹介される上、各話のストーリーに思いっきり絡むこともあるため、紹介されるどの本も読みたくなる魅力がある。
大友克洋の双葉社版『童夢』が絶版でえらい高騰していることなんて知らなかったので持っててよかった。
また、主人公が「大型チェーン店は新刊同様の本を安く買いたい人が来る、うちは新旧や値段は二の次で特別な一冊を探す人が来る」と言っており言語化がうまいなあと納得した。
本を読まない人はBOOK OFFのような大型チェーン店はおろか本屋にも行かないだろうから、街の古本屋のことを小さいBOOK OFFくらいにしか思っていないかもしれない。
店にもよるが古本屋って意外と漫画とか置いてないし、あっても手塚治虫とか古めのやつくらいだ。
直近のベストセラー文芸なんかもなかったりするので、確かにそういうのを買いたいときはチェーン店に行くといいと思う。
自分は正直「特別な一冊」という高尚な意識はないのだが、大型チェーン店と街の古本屋の違いの表現としてこれだけしっくり来る回答もないのではなかろうか。
話は少し逸れるが、一巻から続けて読んでいると、自分の好きなものが「エモ」として消費されることに懐疑的な気持ちを抱いていたのを思いだした。
第一話の冒頭で、主人公の店に店内の写真を撮りたいだけで商品を買わない女性客の集団が入ってくるシーンがある。
他にも、いつも熱心に安売りコーナーの本を物色している男子学生に古書店の店主が貴重な本をプレゼントしたところ、実は芸大の学生であった彼にそれらの本をぐちゃぐちゃに積み上げて縛ったような作品の素材にされてしまうという話もある。
別に作者さんとしては「エモ」に対する批判がしたいわけではないとは思う。
今はレトロブームなこともあって古い建物や古着、レトロな喫茶店などが脚光を浴びている。
どんなジャンルでも新しい人が来ないと廃れてしまうのでブームも敬遠するべきではないのだが、イナゴのようにバッと集まってきては食い荒らすように写真を撮り、また次のブームへ向かって集団で飛んでいく様は見ていて気持ちの良いものではない。
それらイナゴの中から次世代の愛好者が現れないとも限らないが、やはり流行を手放しでは歓迎できない気持ちもある。
繰り返しになるが「エモ」を批判するような内容の漫画ではなく、この漫画自体が古いものを都合よく消費しようというものでもない。
本で繋がる縁と、本好きあるあるを詰め込んだ優しい作品なのでぜひ読んでみてほしい。
一級建築士矩子の設計思考 (4)
一級建築士が主人公なだけに相変わらず一コマ当たりの情報量が多いが、今回はそれに輪をかけて文章が多かった。
自分はそれを見るために読んでいるので問題ないものの、サラッと流し読みするタイプの漫画ではないことは言っておく。
今回は矩子の実家である青森を舞台とした話がメインで、青森ゆかりの建築物や建築家の紹介が多い。
他にも、測量の話や土地境界線の話、建物の構造材の話など、一口に建築と言っても話題は多岐に渡る。
自分が何気なく見過ごしている建物や道路にも、見る人が見れば膨大な情報が詰まっているわけだ。
ちょっと登場人物の書き分けがあまりできていないので、一コマにいろんな人がいると混乱するときがある。
また、本作を掲載している漫画誌がページ削減となるらしく、今後の連載はwebに移るそうだ。
打ち切りではなく媒体が移動となったのは、ひとえに本作が好評ということだろう。
絵本 御伽草子 付喪神
『御伽草子』に収録されている同名の作品を原典として口語訳したもの。
同じく町田さんの口語訳作品である『ギケイキ』や『口訳 古事記』と同じ感じだと思ってもらっても差し支えはない。
「付喪神」というのは長い間存在している道具などに宿った魂のことである。
特定の層に刺さっている、刀剣の名前を冠した男前たちが登場するゲームがあるが、あれは正確には無から生まれた刀剣の擬人化ではなくて刀剣に宿った付喪神が人の形をとって現れたということらしい。
また、「絵本」とついているだけあって挿絵もたっぷりと載っているのだが、この絵がたまらなく素敵だった。
本作には某刀剣ゲームのような男前の付喪神は出てこないが、神棚や金槌、賽銭箱に味噌漉しなどありとあらゆる様々な物に魂が宿って手足や目鼻口が生まれ、百鬼夜行をしている様は魅力的な挿絵と合わさって非常に見ごたえがあった。
挿絵を担当している石黒亜矢子さんという方は存じ上げなかったのだが、作品とマッチしていた素晴らしい絵である。
ところでなんかこれ読んだことあるなあと思っていたのだが、町田さんの短編集『記憶の盆をどり』に載ってたやつだった。
話はどちらも同じだが挿絵は短編集のほうには載っていないので、素敵な絵と合わせて読みたい人はこちらをお勧めする。
日本人の感性からすれば物に魂が宿るというのは身近な考えだと思うので、「付喪神」と「擬人化」は違う感覚であると理解できると思う。
原典となった御伽草子は鎌倉末期から江戸時代にかけて成立したものらしく、そんな古い時代から物質に宿る魂の存在は信じられていたわけだ。
涼宮ハルヒの直観
かなり久しぶりの新刊。
スニーカー文庫で『驚愕』が出たのが2011年、それから9年後の2020年に本作が刊行されている。
今回読んだ角川文庫版『直観』は2024年11月の発売だ。
ラノベなんだし挿絵のあるスニーカー文庫版を買ったほうがいいかなといつも思っているが、そもそもハルヒを読もうと思ったのが角川文庫からも出ていることを知ったのがきっかけなので、今さらスニーカー文庫版を買っても不揃いでむずむずする。
まあ角川文庫版は筒井康隆先生や、アニメ版ハルヒを演じた平野綾が解説を寄せているのでそちらが見どころでもあるのだ。
さて今巻であるが、久しぶりのハルヒであっても佐々木や九曜とかは出てこないので話は進まない。
新キャラクターとしてミステリ研所属の交換留学生「T」が登場し、彼女メインの話「鶴屋さんの挑戦」が最後に書かれる。
「鶴屋さんの挑戦」はミステリ調の話で、鶴屋さんがメールで送ってくる謎をSOS団の面々と「T」が解決していく話だ。
話のテーマ的に冒頭は長門と小泉くんとTのミステリ談義でスタートし、ミステリ作品の名作やミステリを書く上でのセオリーやジレンマが紹介されており、蘊蓄をふんだんに楽しむことができて興味深いし作者のミステリ好きも伝わってくる。
先ほど話は進まないと言ったが、鶴屋さんの挑戦解決後、小泉くんから「ハルヒの無意識下での現実改変能力が高まっている可能性がある」ことが明かされる。
これによって、ハルヒが鶴屋さんから提示された謎の真相を無意識のうちに改変し、それは意識を無意識が凌駕した結果ではないかということが示唆されて本編は終了となるため、続けようと思えば続けられそうな雰囲気だ。
自分はラノベには詳しくないのでハルヒがラノベ界に与えた影響については知らないが、エヴァの後にエヴァに影響を受けたであろうアニメが多く制作されたように、ハルヒ後にもハルヒに影響を受けたセカイ系ラノベが増えたのだろうと思っている。
新刊が発売されなくなって久しく、ハルヒのフォロワーはラノベ界から減っているかもしれないし、『分裂』と『驚愕』で自分の中のハルヒは終了したと言う人もいる。
とはいえ自分にとってハルヒが思い出深い作品のひとつであることに変わりはないので、これからも何らかの形で触れることができたらなと思う。
少女地獄
夢野久作の有名な作品『ドグラ・マグラ』はかなり昔に読んだことがあるものの、ドグラ・マグラだけ読んだというのはサブカルイキリ大学生みたいでなんかやだなあと思った。
そこで角川文庫から刊行されている作品について調べてみたのだが、現行の角川版は表紙のデザインがどうにもダサかったり絶版になってたりするものがある。(リンクを貼った「少女地獄」も表紙がいまいち)
古いバージョンであれば表紙も以前のものだし、絶版になったものも読めるだろうというわけで角川文庫版を初版で揃えるかとなり、ようやく集まったので読み始めることにした。
本作は書簡体や告白体の作品が多く、解説によればそれらの形式は夢野久作自身が得意としたものなのだそうだ。
自分の好きな太宰治の告白体小説とも違う魅力があり、なんというか本作に限っては登場人物の「熱」が多く感じられる。
表題作の「少女地獄」は三篇の作品から成っており、性癖(本来の意味のほう)や業や愛情や容姿といったどうしようもない運命に命を懸ける女性が書かれている。
他人から見れば取るに足らないことであっても当人にとっては命よりも大事なことであり、書簡体や告白体の形式をとることで本人の熱量と執念が伝わってくる自分好みの文章だった。
それと余談だが、本作には「姫草ユリ子」「殿宮アイ子」という名前の女性が登場する。
現在、少年ジャンプ+で毎週火曜日に連載中の『限界OL霧切ギリ子』において「姫草ユリ」「殿宮アイ」という登場人物がいるのだが、この名前はやはり少女地獄から取ったのだろうか。
人形館の殺人
「館シリーズ」の4作目。
本作はシリーズの中でも異色作とされているらしく、どういうことかと思ったが読み終えてみると確かにそうだった。
何がそうだったのかはネタバレになるのでもちろん伏せるが、今までの館シリーズの中でも人間の心の暗いところに迫った結構自分好みの作品だった。(作者もお気に入りらしい)
以前、館シリーズというものがあることを知らず、一作目の『十角館』を読んだ後に三作目の『迷路館』を読んだことがある。
そのときはまあ順不同で読んでもそこまで差支えはないかと思っていたが、本作が異色作たるゆえんはシリーズの王道から外れているからであって、本筋を知らなければ外しているかどうかも判断できない。
というわけで館シリーズを読むときは順番通りに読むことをお勧めする。
また、異色異色と散々言ったあとに何だが、本の帯やあらすじに「異色」とか「どんでん返し」とかを書くのはやめたほうがいいと思う。
どうも先入観に囚われてしまって純粋な気持ちで読めない。




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