YouTubeで流れる広告で完全にスベっていると思うものベスト3
- ボートレースのやつ
- リクルートエージェント
- 男性器をデカくする手術系全般
1位と2位はただスベっているだけで不愉快ではないのだが、3位はスベっている上に不愉快で下劣極まりないので見かけるたびにブロックしている。
ところがブロックしても手を変え品を変え似たようなのが湧いてくるので更に不愉快であるため何とかしてほしい。
では7月に読んだ本の記録となる。
念のためネタバレ注意で。
↓先月分↓
mezashiquick.hatenablog.jp
↓今回読んだもの↓※赤字の漫画は完結済み
- ONE PIECE (112)
- カグラバチ (8)
- チェンソーマン (21)
- ジュミドロ (4)
- ニセモノの錬金術師 (4)
- アンチマン 岡田索雲短編集
- ザ・バックラッシャー (1)
- スノウボールアース (9)
- お姉さまと巨人 お嬢さまが異世界転生 (7)
- ソドム百二十日
- フォトグラフール
ONE PIECE (112)
今巻において、第631話の扉絵でクロッカスさんと酒を飲んでいた謎の人物がスコッパー・ギャバンであったことであるとか、世界会議の最中に五老星と合っていたのがシャンクスではなくその兄貴であるとか、過去の気になっていたあれこれが明らかになった。
シャンクスの件はあれが本人だとしたら流石に設定もりもり過ぎるだろうと思っていたので本人でなくてよかったし、読み返してみると傷跡のある顔の側は映してなかったので、しっかりと読者に気付かせる布石も打ってあったわけだ。
アニメではあの場面はどうしていたんだろうか。
シャンクスのセリフはカットしていたのか、シャンクスと同じ声を当てていたのか。
また、今回登場した神の騎士団メンバーの悪魔の実、「アロアロの実」「イバイバの実」って全く強そうじゃなくて、東の海とかアニオリのエピソードで有象無象の海賊が有しててもおかしくないくらいの能力だったけど、やっぱそこは本人の練度だったり身体能力だったりで強そうに見せてくれることを期待している。
カグラバチ (8)
座村の娘・イヲリがそこそこ戦えることが判明したけど、娘が戦場に立つなんてそれこそ座村が最も望んでいないことなのでは。
神奈備が過去の戦争で犯した罪をきっちり清算できていないから若い世代が自分たちに憧れて自分たちのために犠牲になることを座村はよしとしていないわけで、それが娘だったら尚更である。
よく見るとイヲリは刀を持つ相手の指とかを斬り落としているので多分殺しはしていないと思うが、父親からすればそういう問題ではない。
そういう汚いものを見るのが嫌で彼は自ら盲目になったんだろうけど、その結果娘の苦しみに寄り添うことができなくなったのは皮肉な話だった。
座村家への嫌がらせを自覚できるのは目が見えているイヲリのみだったわけで、父親との暮らしを続けたいから自分たちに降りかかる嫌がらせをイヲリは一人で受け止めていた。
「お父さんのことで苦しい目に遭ってると思われたら またお父さんが遠くへ行っちゃうかもしれないから」というのは子供なりの気遣いではあるけど、自分の弱いメンタルを見透かされているようで座村にとっては情けなかったに違いない。
あと、京都殺戮ホテル総支配人の戦国与次郎を雑に退場させてしまったのはいただけなかった。
死ぬにしても昼彦に一矢報いてほしかった。
チェンソーマン (21)
第一部はデンジの馬鹿さと性欲に由来する後先考えなさが良い方向に向いていたけど、第二部に入ってからは特に彼のスケベ心が悪い方向にしか作用していない気がする。
デンジの周りにも彼の性欲を利用して自分のいいように持っていこうとする人物が増えたように思う。
ただデンジが己の性欲を制御することは不可能なので、もう彼の衝動が良い方向に向かうように願うことしか読者にはできない。
ジュミドロ (4)
今までラムネの中には「敵」と「そうでない人」くらいの人間関係しかなかったところで、「ともだち」とか「ともだち」だと思ってたのに「敵」だったとか「敵」だけどすぐ殺すんじゃなくてもう一度会って話がしたいとか、彼女の生きてきた環境や言語化能力では理解しきれない世界が四巻あたりで一気に広がった感がある。
ジャックとの最後の会話シーンはラムネを心配させまいとする彼の人柄が前面に出ていて、死の間際までラムネを「ただの女の子」として気遣っている様子が印象的だった。
やってることは割と王道というか奇をてらってる感が少ないんだけど、なんというか見せ方がしつこくなくてよいと思う。
戦闘シーンも相変わらずカッコよく、ラムネの腕に残っている手枷の残骸を防御に活用して器用に戦う場面が今回は目立った。
ニセモノの錬金術師 (4)
本作のネーム版は原作者さんがkindleで無料公開していてそれを読んだことがあるのだが、ずいぶん前のことなので展開も忘れてしまっていた。
なので今あたりの展開も新鮮な気持ちで読めているのだが、大体の登場人物の頭がおかしくて良い。
頭がおかしいというのは思考が極端であるとか、思い切りがよすぎるとかそういったニュアンスで用いている。
トップクラスに頭がおかしいヒロインの出番が今回はかなり少なめだったのだけが残念。
アンチマン 岡田索雲短編集
読み切り漫画「アンチマン」を表題作とした短編集。
アンチマンに関しては以前に読んで結構心に残っていた。
簡単にストーリーを説明すると、主人公は食品メーカーでPR業務を担当している男性で、介護が必要な父親と二人で暮らしている。
彼は日常の鬱憤を晴らすため、スマホを見ながら歩いている女性にわざとぶつかったり、ジェンダー論について脳内でレスバを繰り広げたりしているのだ。
主人公はいわゆる「ぶつかりおじさん」というやつなのだが、この読み切りが公開される以前からそれについては問題視されていた。
そのため、なんか妙に時世に乗った作品だなあというか、やけに露悪的というか狙っている感じがして、それで心に残っていたわけだ。
本作の作者さんコメントによれば、嫌なことをしたやつには(フィクションとして)それなりの罰を与えねばと思って描いた作品なのだそう。
だからやけに露悪的だと思った自分の感情は作者さんの狙い通りだったわけだ。
正直、この短編集は買うかどうか悩んだ。
表題作のアンチマンが露悪的な作品であることから、他の作品も不快で後味の悪い描写が多いのではないかと思っていたのである。
だけどちょっとハートフルな話から叙述トリックを駆使した作品、ギャグ作品までいろんな色を感じられる良い短編集だった。
作者さんはこの次に紹介する作品を現在連載中なのだが、それで知ったという人にもぜひ読んでもらいたい。
ザ・バックラッシャー (1)
主人公は門倉莫、44歳。
彼はポリコレやコンプラやフェミニズムによって息苦しくなった社会を嘆き、世界を善くするために「バックラッシャー」として立ち上がり仲間集めに奔走する。
莫が立ち上がった動機はどうであれ、基本的には育ちの良い寂しがり屋で気のいいやつだと思う。
住んでいる家も父親の持ち物で家賃はかかっていないし、弟は父親の経営する会社で働いているため、それなりに裕福な家庭であるように見受けられる。
そしてエロ規制をするフェミニストに反感を抱きつつも、一方で明確な性的同意を取らずに風俗嬢相手に本番行為を繰り返す男に激怒するという良識を有しているのだ。
さらにはその彼が孤独であると分かると自分たちの仲間に誘っており、こじらせてしまっただけで本質的にはいいやつではないだろうか。
莫は自分を訪ねてきた謎の男「スラッパー」に問い詰められ、活動の目的は社会を善くするためではなく自分が寂しいからだと本音を打ち明ける。
だから当面の彼らの目標は社会活動ではなく仲間集めということになる。
恵まれた家庭に育ち、一般的な良識を持ち、一度は結婚までして子供もいる莫がこじらせてしまったのは孤独と寂しさのせいであり、仲間集めの過程で彼の行動が自身にどんな変化をもたらすのか気になるところだ。
スノウボールアース (9)
最終回っぽい表紙なのでちょっと驚いたがどうやらアニメ化するらしいので楽しみ。
今回はかなり熱い話で、ロボットものの美味しいところをこれでもかと詰め込んだ幕の内弁当的な展開だった。
主人公のロボがパワーアップするも強敵にあと一歩及ばず、主人公の心の弱さからくる窮地を仲間の協力で克服する。
最終的にとどめを刺したのがパワーアップした姿ではなく、パワーアップ前の素体の姿であるという展開は、アニメであれば確実に第一期のオープニングテーマが流れるだろう。
主人公がネガティブ、というか誰かを危険に晒すリスクを取れず自分の身を犠牲にしがちな作品ではあるけれど、だからこそ周囲の威勢のいい人たちに支えられる熱い展開の作品なので、アニメ化の際にもよいバランスで作ってもらいたい。
お姉さまと巨人 お嬢さまが異世界転生 (7)
6月発売だったけど買いそびれていたので7月に読んだ。
本作は、人間にはツラい現実を生き抜くために縋るものが必要であると主張したいのだと自分は思っている。
この最新刊を読んだ際、最近見返している機動戦士Vガンダムの「ワタリー・ギラ」が頭をよぎった。
ワタリー・ギラは騎士道精神を掲げている人物として周囲に知られており、一見すると実直な軍人のように見える。
ところが、自分の主義主張に反した行動を取る部下を独断で粛清する自己中さを持ち、更には騎士道精神のことを「理想」と言い切ったり、ウッソ相手に不意打ちを仕掛けたりと言行が一致しない部分も見受けられる。
その一方で、部下を殺した自分の行動を悔んだり、幼い子供であるウッソが戦争に参加していることに絶望したり、なんというか割と「普通」っぽい良識を持った人物のようにも描かれているのだ。
おそらく彼は弱くて優しい「普通」の人間なんだけど、そんな普通の人間では戦争の中で心が耐えられないから、「騎士道」という分かりやすくて綺麗で耳障りの良いものに縋って何とか生き抜いてきたのだと思う。
だけど、そんな「騎士道」なんかではごまかしきれないほど現実は理不尽で、部下は言うこと聞かずにろくでもないことするし、子供は戦争してるし、自分の理想が現実の前に敗北し絶望してしまったと言える。
もしかしたら、彼自身も騎士道なんて古臭いものではどうしようもないことを自覚していたのかもしれないが。
Vガンダムはとにかく、個人レベルで見ればまともなのだけど戦争に関わることで常軌を逸してしまう人が多い。
狂ってしまった人物の代表格であるカテジナさんも、最初は子供であるウッソに戦いを強いる老人たちを批判的な目で見ていたわけだが、戦場に立ち続ける中でそのウッソにすら偏執的な恨みを抱くようにになってしまった。
まさに、ワタリー・ギラが言っていたように「こんなことをしているとみんなおかしくなってしまう」を体現している。
ワタリー・ギラは子供が戦場にいることに心を痛めて涙まで流していたが、そのインパクトが強すぎるせいかネット上でたまに人のいいおじさんみたいな感じでネタにされることがある。
だけど彼はそれだけのキャラではなく、あそこで号泣するに至るまで様々な葛藤があったのだと思う。
ということでワタリー・ギラが好きな人はぜひ本作を読んでみてもらいたい。
ソドム百二十日
「サディズム」という言葉は本作の作者マルキ・ド・サドの名前から取られている。
実際に嗜虐的な行為を好んだ人であったらしく、作品内においても淫猥で残酷な描写を多用している。
ちなみに「マゾヒズム」は小説家・マゾッホに由来してつけられたものだ。
先月読んだ『お尻とその穴の文化史』においてサド侯爵についても触れられており、その中でも本作は名前を挙げられていた。
そもそも肛門性交のことを旧約聖書のソドムの街から取って「ソドミー」と呼ぶこともあるらしい。
莫大な富と権力を有する4人の男たちが、美男美女を集めて山奥の城館で性的に倒錯した大饗宴を繰り広げる話。
これだけ聞くと変態性欲満載で面白そうだと思う人もいるかもしれないが、道徳性皆無の非常にぶっ飛んだ内容になっている。
4人の男たちはかなりの悪人で、自分の権力や財力を笠に着て犯罪バリバリの極悪非道なことを日常的に行っている。
気に食わない相手を毒殺したり、美人の娘さんを嫁にもらうために父親に無実の罪を着せたり、知人の子供の後見人の立場を利用して子供たちが相続するはずの遺産を横領し子供たちは性奴隷にしたりと、書いているだけでも胸糞が悪くなる内容だ。
パーティのために集められた美男美女も説得して連れてきたとかではなく、普通に暮らしているところを百数十人ばかり拉致してきているのだ。
だから120日に渡って行われる大饗宴の内容もお察しで、初日に「お前らは我々の快楽を満たすための道具だから」と参加者たちに向かって平然と言い放つ。
読む前は井原西鶴の『好色一代男』の西洋版かなくらいに思っていたが、比較するものでは全くなかった。
本作は序章から第四部まであるものの、本書に収録されているのは序章のみだ。
序章は4人の男たちの人物描写や、大饗宴のために集められた参加者の紹介にとどまっており、これからというところで本書に収録されている分は終わりとなる。
調べてみたのだが小説の体を取っているのは序章と第一部のみで、他の部は草案というか箇条書きのようになっているらしい。
wikiによれば時間的状況的制約があったことと、作者の表現力が追い付かなかった可能性があるとのこと。
一応、全編が収録されたバージョンも別の出版社から発売されているらしいのでいつかは読んでみたい。
本作はマルキ・ド・サドを日本に紹介した人物とされている澁澤龍彦が翻訳をしている。
澁澤さんのエッセイは読んだことがあっても翻訳文は初めてだったのだが、正直言って文章がかなり難しかった。
耳慣れない言葉や慣用句が頻出し、調べてみると検索に全然引っかからないのでオリジナルの言葉や独特の比喩であることもしばしばだった。
例えばアナルセックスは「栽尾」、精液は「賢水」、性的絶頂に達することを「埒をあける」という具合なので、これを知的で独特とするか難解とするかは好みが分かれるだろう。
ただ決して分かりづらい文章というわけではなく上記の用語も文脈から判断はできるので、読書の流れは止まってしまうかもしれないがあくまでも難しい文章というだけの話だ。
おそらくだが、これらの用語は他の澁澤訳のサド作品にも登場すると思われるため、今のうちから知れて何より。
ただ一冊にかなり時間がかかってしまったため、7月は他の本をあまり読むことができなかった。










