2月と3月は忙しくまとまった読書の時間が取れなかったので、積んであった漫画を読むことにした。
そのため今月の読書記録は漫画のみとなる。
念のためネタバレ注意で。
↓先月分↓
mezashiquick.hatenablog.jp
↓今回読んだもの↓※赤字の漫画は完結済み
ふしぎなメルモ
アニメの企画として描かれた作品らしい。
懐かしアニメベスト10みたいなテレビ番組でチラッと見たことはあった。
主人公であるメルモの母親は不慮の事故で亡くなってしまうものの、神様からのお目こぼしで「青いのを食べるとなりたい大人に、赤いのを食べると元に戻る」というキャンディーを娘に託す。
それを使って身の回りの様々な問題を解決していく系の話で、魔法少女ものに通じる設定でもあった。
また、少年少女の冒険SFものである「少年ルビ」も収録されている。
まあ子供向けの作品なのだが、後になって思い返すと今月はどうにも暗い作品ばかりだったので、本作は清涼剤的役割を果たしてくれて良いバランスだった。
それと前々から思っていたけど、手塚先生の描く女性は妙に艶めかしい。
たぶんこれ、メルモが子供の姿から大人になるとき、服のサイズの関係でいやーんみたいになるのもアニメでは強調されていて見どころだったのだろう。
今は放送できなさそうだ。
上を下へのジレッタ (1-2)
敏腕テレビマン門前市郎が出会った新人歌手、小百合チエが抱えるとある秘密を武器に、芸能界でのし上がっていく姿を描いた作品。
何で本作を読もうと思ったかと言うと、犬のかがやきさんという嘘3割のエッセイ漫画を描くことでお馴染みの人がホームページやkindleで公開している「上へ下への犬ッタ」という漫画の元ネタが本作であると気が付いたからだ。
これはこれで面白いし無料で読めるのでぜひ。
とは言え「犬ッタ」のほうはジレッタのパロディというわけではなく、タイトルだけ拝借している感じだ。
ジレッタはあ、そういう方向に話が展開していくんですね、みたいな意表を突いた展開であるが、手塚先生本人も「反響はいまいちだった」とあとがきで述べている。
タイトルにもある「ジレッタ」の登場が後半になることもあって、良く言えば予想のつかない展開、悪く言えばテーマが定まらない作品であるとも言える。
奇子 (1-3)
地方の名家、天外家の人々を中心に、戦後日本を描いた話。
今まで読んだ手塚治虫作品は、話自体は悲惨で暗くても希望を持たせる前向きな終わり方をしていたり、バットエンドであってもコメディタッチの話が多かった。(『上を下へのジレッタ』は後者)
本作はとにかく救いのない話で、登場人物は全員どうしようもない人ばかりだ。
このあとに紹介する作品もそうだが、人間はいかに社会的な動物で、周囲の目がなかったり事実を隠蔽できたりすればどこまでも見苦しく浅ましくなれるのだなと実感する。
誰も見てないときに、赤信号を守るかどうかみたいな感じ。
天外家が居を構える村はtrickに出てくる変な村からコメディを取り除いた感じの村で、天外家に逆らっては生きていけないようなところだ。
彼らは天外の家を守るためならなりふり構わないため、タイトルにもある奇子もいろいろあって十年以上も土蔵に閉じ込められることになる。
奇子にとっては土蔵の中が世界の全てであり、近親相姦でさえも「こん中あたりまえのとこじゃないもん」と自分の世界のルールを持ち出して行動している姿はさすがに悲壮感がありすぎて見ていられない。
「モラルと法律が通用しない世界で人間はどうなるか」ということを徹底的に描いた非常に印象的な作品だった。
国民クイズ (1-4)
国民クイズという政治システムが採用されている日本を舞台にした漫画。
クイズに勝ち抜けば国がどんな望みも叶えてくれるというもので、それは他のどんな権利や法律を差し置いても行使される。
どこかの国に戦争を仕掛けてほしいとか、隣の奥さんを殺してほしいとか、日本でベンツに乗るのは自分だけでありたいから国内のベンツを全て破壊してほしいとか、どんないかれた願いでも叶えてもらえる。
本作の日本はかなりイケイケのようで、核を始めとする軍事力を大量に保有しているため、国民クイズによる無理難題を他国に押し通せるだけの力があるのだ。
本編において、国民クイズは「特権の分配」であるとされている。
本作の連載時期はバブル期であるため、日本はこれからもまだまだ上り調子であるだろうと信じられていたに違いないから、みんながみんな目をギンギンに血走らせて欲望を追い求めていたに違いない。
ところが実際は、金も権力も少数の有力者に集中するのが世の常だ。
「国民クイズがなければ膨れ上がった日本人の利己主義と欲望はとっくの昔に抑えきれなくなっていた」というセリフがある。
金持ちは際限なく財産を求め、一方の庶民の暮らしは代り映えすることなく(バブル期をよく知らないので適当だが)、どんどん蓄積されていく欲望の受け皿としての国民クイズなわけだ。
「サラリーマンが一生働いて都内に家の一軒も持てない社会は確かに狂っている。しかし住宅が欲しいという当然の欲求をあきらめろとは誰にも言えない」と叫ぶ登場人物は、なるほど最もであるとも取れるし欺瞞であるとも言える。
国民クイズがあるから夢が叶うという希望があるからこそ、国民は何とか折り合いをつけて日々を送っているのだ。
一方で他人の権利を侵害してまで得た幸せに価値があるのかというとそれはまた違うし、しかしながら、中途半端な願いの叶え方では人々に希望を持たせることはできないし、体制側にも反体制側にも各々の正義がある。
物語終盤、国民クイズの予選に集まった人たちが、叶えたい願いを口々に叫ぶシーンがある。
「子供を名門大学に入れたい」「あいつを殺して欲しい」などなど、こんなことを他力本願で叶えたいやつがいたら確実に近寄りたくない。
きっと、国民クイズ制度がスタートしたころはみんな遠慮がちな願いを言っていたことだろう。
国民クイズはテレビで中継されている超人気番組のため、毎日誰かの欲望に触れるようになって感覚がマヒした国民は恥も外聞もなく己の欲望を叫ぶようになったのではないか。
自分の欲望を丸出しにしたギラギラ感はみっともないとされがちだけど、それが国によって「希望」として目の前にぶら下げられている世界というのは何ともディストピア感があってとても好きな作品だ。
ネトフリでドラマ化するらしいので、今のうちに読んでおけば「前から知ってた」顔で後方腕組みができるのでぜひ読んでほしい。
ちなみに自分は本を買うときのこだわりがあるため、本作はオリジナル版を買ったがそれは手に入りにくいみたいなので、愛蔵版なんかもあるらしいからそちらもどうぞ。
るろうに剣心-特筆版- (上・下)
昔、ジャンプSQで短期連載していたるろ剣。
連載時は「特筆版」ではなく「キネマ版」とついていたと思う。
キネマ版というだけあって実写映画のストーリーをなぞっているのかと思ったが、実写映画のストーリーのいくつかあった案のひとつらしい。
連載中に読んだがそういえば単行本を持ってないなと思って買った。
オリジナル版に比べて剣心が暗く、逆に薫は小娘感が薄れていてしっかりしている。
本編でもあったセリフ「剣は凶器、剣術は殺人術、どんな戯言やお題目を唱えてもそれが真実」は本作でも登場する。
本編においてはその後、「拙者は薫殿の言うそんな戯言のほうが好き」というフォローが入るが、本作の剣心は暗いのでそんなこと言わない。
ここまで暗い剣心がフォローもなしでこのセリフを言うと、開き直っていて拗ねている印象だった。
どうせ逆刃刀持ってても自分なんて人斬りだしなあ、どうせなあ俺なんかなあみたいな感が物語全編から匂い立ち、るろ剣は贖罪の物語で罪の償いは誰かが許すことなしでは償いにならないことを思い知る。
そんな剣心に「刀を変えても人が変わらなければ同じこと」と諭す薫は最高にヒロインしていたし、このセリフだけ見ても本編の薫よりしっかりしていた。
登場するキャラクターはオリジナル版のリデザインという感じで、ちょいちょい見た目や武器が変わっている。
特に、刃衛のデザインはるろ剣完全版(確か2巻)のカバー裏に書かれていたバージョンで、剣心に昔開けられた掌の古傷に刀を通して使うという狂人具合が増したキャラになっている。
他にも、本編では仮面の下がおじいちゃんだった外印の素顔が、特筆版では容姿の整った人になっていたのはキャラクター解説コーナーで愚痴っていた和月先生を思い出す。
登場人物の細かい性格の違いや、色んな小ネタは数多く仕込まれているため、ただのパラレル作品と思うことなかれ、従来のファンにも楽しめる内容となっている。
鬼死ね (1-4)
人間に紛れて「鬼」が暮らしている現代日本が舞台。
鬼には赤鬼と青鬼がいて、双子の兄の阿羅太は赤鬼、弟の伊純は青鬼である。
赤鬼は人間離れした身体能力を持つ代わりに初対面の人間に生理的嫌悪感を抱かれやすい体質を持っており、青鬼は身体能力こそ人間と同等であるものの、どんなケガでも治してしまう治癒能力を有している。
鬼の社会では赤鬼が99%以上を占めており、何なら青鬼は他の鬼から差別されているため同類であっても青鬼であることを隠しながら生活しているのだ。
阿羅太は人間と友達になりたく、伊純は人間とは仲良くなれないというスタンスで生きている。
人間とは仲良くなれない派の鬼が言うには人間社会で生きていくには「人間に偏見を持つこと」が大事なのだそうだ。
偏見を持っていれば鬼の仲間たちから称賛されるし、自分たちにとってつらい現実から目を背けさせてくれるからなのだとか。
人間を見下して気を紛らわせるのは酸っぱいぶどう理論とでも言うか、別にたくさんいる人間が偉いわけじゃないんだけど、そもそもそんな意見が出てくるということは、鬼の中にも人間に対して複雑な感情があることが分かる。
自分たちの方が力があるのに人間が調子に乗っているのが気に食わないとか、本当は人間と仲良くしたいけどなれないとか、愛憎入り混じった感情の行き場が「偏見を持つ」という処世術で現れたのだろう。
鬼の存在を公表しないのは鬼のヤバい組織がいてそいつらが止めているからなのだが、人間に比べて力のある鬼でもその中で序列があって、その差によって生じる不満を人間を見下すことにより解消するという、「弱いものたちが夕暮れ さらに弱いものを叩く」というブルーハーツが歌っていたことまさにそのものである。
こういう、指向や種族による意識の違いって、突き詰めれば「結局みんな大変」でしかなくて、それをどう描くかだと思っている。
その点、阿羅太は生理的嫌悪感を抱かれやすいという赤鬼の特性もひっくるめて人間を振り向かせたいという、運命に立ち向かうポジティブさがある。
そのため、人間との違いがほとんどない青鬼の伊純が人間に溶け込もうとしないことを心底不思議に思っているわけだ。
伊純は賢しらなので阿羅太に人間の世界のいじめについて解説したり、人間は3人以上集まれば派閥ができるから友達が多いほど面倒などと助言したりするが、正直そんなのは鬼の世界でも同じことだ。
まあ「鬼にはいじめや派閥がない」と言いたいわけではなく、「鬼も人間も同じように面倒なら鬼として暮らしていったほうが楽」と言いたいのだろうと思うし、兄弟どちらの意見も理解はできる。
そもそも兄弟間でも厳密に言えば種族が違うのだから完全に相容れることはできないし、何なら伊純は阿羅太のことを「無意識に自分を見下している」とさえ思っているのだ。
差別とか、大人たちの作った理不尽な鬼の社会とか、それを各々の力で変えようとしたり適応しようとしたりテーマ的には好きだったのだが、残念ながら4巻で打ち切りだったようだ。
どくだみの花咲くころ (1-2)
優等生の清水(きよみず)くんと、癇癪持ちでみんなから爆弾扱いされている信楽くんの物語。
授業中に信楽くんの粘土工作を見て衝撃を受けた清水くんは、その日からこっそり彼を観察するようになる。
ある日、清水くんの家の近くにある草むらに入っていった信楽くんが作る草人形の奇抜さに、清水くんがますます虜になるところまでが一話で描かれている。
本作の第一印象としては、ここまで絵柄と内容が嚙み合っている作品は久しぶりに見た、ということに尽きる。
特にギャグとの相性が抜群でシュールなギャグに絵柄がマッチしていて、セリフ回しや間の取り方、表情の使い方が上手い。
清水くんはいいとこのお坊ちゃんで、自分が恵まれていることを完全に自覚している子供だ。
その上で、「他人に妬まれること、嫌われること」を何よりも恐れている。
彼は勉強ができ、立ち回りも上手く人当たりも良いため、周囲から浮きすぎず近寄りすぎずの立ち位置で日々過ごしているのだ。
一方の信楽くんは落ち着きがなく予測不能な行動をとる上、こだわりが強くちょっとしたことでテンパってしまうためみんなから距離を置かれている。
家族構成も母親ひとりだけなので、清水くんとは正反対の存在だ。
そんな清水くんが、信楽くんの作った草人形と出会って世界観が一変するシーンは本当に見事だった。
本作の一話にあたる場面は作者さんが元々同人誌として頒布していたものらしいのだが、この一話だけでも反響が大きかっただろうなというのは想像に難くない。
この一話だけで連載にこぎつけるパワーが確実にある。
自分は落ち着きのある優等生だと思っていたのに信楽くんに「落ち着きないんだな」と言われ、本来の振る舞いができなくなって焦ってしまい、自分が分からなくなっているところに続けざまに信楽くんの草人形を発見し、鼻血を垂らしながら笑顔でそれを手に取る清水くんの感情のジェットコースターっぷりが如実に伝わってくるし、コマ割りも妙に印象に残るものだった。
「俺は信楽くんがどんな人なのか 自分はなんなのかわからなくなって でもそんなことはもはやどうでもよくなっていた」という清水くんのセリフからも分かる通り、周囲の顔色を伺ったり取り繕ったり、大人に対して子供らしく振舞ったり、今まで彼がやってきた処世術を全てかなぐり捨ててでも、これだけを、信楽くんの作る作品だけを見ていたい、そう思える対象を発見できたことは幸福なことだ。
その後清水くんは信楽くんの厄介オタクとなり、助手を買って出たり交流を深めたりいろいろする。
ときに暴走することや見返りを求めてしまうこともあるものの、二巻で「見つけた俺がえらいわけじゃなくて、誰も見つけなくてもずっとそこにあったもの」と信楽くんの作品を評する清水くんは、線引きもちゃんとできた勘違いしないわきまえたタイプのオタクだ。
大人だって一貫した行動をとるのは難しいのだから、子供であれば尚更である。
信楽くんの作品に対する周囲の評価とか、夢中になっている自分がどう見られているとか、清水くんはどうでもいいわけだ。(ただ、信楽くんの作品の良さを布教したいという気持ちはあるらしい)
大人からすれば所詮は子供のお遊びくらいに思っているかもしれないし、信楽くんが創作活動で身を立てていくと決めたわけでもない。
将来どうなるかとか、周りの評価とか関係なく、自分の好きな"今"を生きているふたりの姿勢にとても暖かい気持ちになる作品だ。
本の帯に清水くんの一連の行動を「推し活」と表現してあったが、「推し」だの「推し活」だのという言葉があまり好きではないので、そういうありきたりな消費させるほうに都合のいい言葉で表してほしくないなと思っている。
バルバロ! (1)
関西のファッションヘルスを舞台にした物語。
太めで明るいまゆみ、元ヤンのちなつ、教養が漂うシヲの三人がメインだが、他の登場人物も濃く、群像劇という感じでもある。
基本的にヤンキーものや、夜職、アングラ、極端に露悪的なやつ(毒親とか貧困とかイジメとか)は読むことはあってもそこまで好きではないので単行本を買うまではいかない。
ところが本作には悲惨さがなく、みんな決して順風満帆な人生と言うわけではないが、明るく生きているのが印象的だ。
もちろん、どんな仕事も明るい面だけではないし、綺麗な面だけ見て生きていくのは不可能なわけで、ましてやむき出しの欲望と裸で接する風俗業ともなればなおさらなので暗いところも描いてもらって全く構わないのだが、そこらの漫画アプリで読めるようなただただ胸糞悪いだけの作品が読みたくないのも事実。
作者さんは何作か漫画を出しているが、自分が読むのは今回が初めてになる。
一体どういう取材をして人生経験をしたらこんな漫画が書けるのかと思うような描写がとにかく多い。
メインの舞台であるヘルスもそうだし、飲食店あるあるや少年鑑別所の話、離婚調停やチャットレディ、かなりパンチの効いた性癖持ちや会話のリズムの心地よさ、自分の知らない世界であってもきっとこうなんだろうな、こういう人いるんだろうなと違和感なく信じ込んでしまえる説得力がある。
そんなことを思っていたら作者さんのインタビューを見つけたので、作品や作者さんに興味のある人はこちらも読んでみてほしい。
作中に見え隠れする教養は読書体験によるものかあと妙に納得できるし、短期バイトを渡り歩いてきたから自分で体験した職業や、そこで出会った人たちの話も元になっているのだろう。
さすがに想像だけであの話は描けない。
この作品は本当に続きが楽しみ。








