公共の秘密基地

好きなものも嫌いなものもたくさんある

2023年2月に読んだ本

2月は忙しかったけど作品との相性もあったのか割といろいろ読めてよかった。
2月の末あたりからdアニメストアで怒涛のように古いロボットアニメの配信が始まったので、可処分時間の配分が難しいところではある。
例によって作品のネタバレ注意で。


↓先月分↓
mezashiquick.hatenablog.jp


↓今回読んだもの↓

スノウボールアース (5)

人類に害を為す怪獣を宇宙の果てで討伐して地球に帰った主人公が見たものは、氷河期を迎えていた地球だったという漫画。
続きが気になる漫画の上位にくるこちら。
首を長くして新刊を待っていた。
ロボット、SFという好きな要素に加えて先が読めそうで読めない展開がたまらない。
地球文明が崩壊してしまって人類が強者ではないのに、登場している人たちはみんな明るく強かに生きてて騒がしいのもよい。
二巻で早々に人類vs人類になって何だかなあと思ったけど、主義主張も生まれも育ちも違う人間がぶつかり合ってお互いを知り、手を取り合ってひとつの方向へ進む展開はやっぱ熱いわけだ。
ガンダムエヴァもそうだったけど、自分の殻の中で生きてきた主人公が多様な価値観に触れて、他人を認めてそして自分のことも肯定できるようになる”存在の確立”ともいえる(人によっては青臭いと感じる)テーマが大好きである。
人類の命運を託されたが故(もしくは人と隔絶した力を持ってしまったが故)の葛藤や疎外感、一方で何の力もないのに大切なもののために命をかけられる一般人が登場する作品はいろんなところに感情移入できて楽しい。
鉄男は「ユキオに乗っていない自分には誰も興味がない」と言っていたけど、ユキオに乗っていなくても誰かのために動ける人間だ。
周囲の人間とも徐々に交流できるようになって親代わりの存在でもあるユキオは嬉しくもあり寂しくもあったところに、自分のシステムが破損しつつあるという事実を知る。(ハードではなくシステム周りが壊れていくという展開はなるほどと思った)
自分はもう鉄男にとって不要なのではないかという焦りが二人の間に不協和音をもたらすわけだが、ユキオはロボットでありながら決して完璧な存在ではないので、彼もまた鉄男と一緒に成長していく余地がある。
故障したって戦えなくなったって鉄男にはユキオがかけがえのない存在なわけだし、逆もまたしかりだ。
これから鉄男はユキオに依存しない”自分自身”を認めていくと思うのだが、彼だけでなくユキオも自分のことを肯定してあげてほしい。
「いてくれるだけで十分」って言われても自信がないとなかなか受け入れられないし、「相手の役に立ててるかな」とか変に気負って空回りしてしまうこともある。
若いうちは分からんかもしれんけど、いてくれるだけでありがたい存在というのは確実にいるのだ。

新世界より (上・中・下)

読了後、人類は滅亡した方がいいと思った作品。
調子に乗った人類の愚かさと傲慢さを味わうことができた。
なんか不穏な空気を醸してるけど、最終的には「いろいろ大変だけどまあがんばっていこうや」的に終わるだろうと途中までは思っていた。
ところが結末まで読むととにかく胸糞が悪くなって重たい気分になる。
”呪力”と呼ばれる力を文明の中心に据えている未来の日本が舞台となった作品。
ジャンルとしてはSFになるけど、子供たちが世界の真実に触れていく流れはミステリーの要素も含んでいる。
ぼくは野心も向上心もないのでこの作品みたいなディストピア世界ってそんなに悪くないんじゃって思っていた。
PSYCHO-PASS』のシビュラシステムみたいに秩序を乱すやつを自動で排除してくれるなんて最高じゃん。
歩きタバコ煽り運転も回転寿司ぺろぺろもなくなるわけだから、その他大勢の善良な人々にとっては暮らしやすいことこの上ない。(自分が排除される側ではないという保証はないわけだが)
でもこの作品の世界は裏に隠されているものが汚すぎるし人類の業が深すぎる。
作中では人類が持っている”呪力”について、「宇宙の根源に迫る神の力」などと言われていた。
「長い進化を経た末に、ようやく、この高みに達した」とも述べられているが、己を神に等しいとする思い上がりが甚だしい。
仮に神が人類に呪力を授けたとしてそれは神が人類のことを認めたわけではなく、分不相応な力を与えたときの反応を見て楽しもうと考えたに違いない。
この作品はアニメ化や漫画化もされており、どちらも未見なのだが実は作品についてのネタバレを喰らったことがある。
なのでまあ「これがネタバレのあれか」と思って読んでいたのだが、実はそっちではなくあっちだったのには驚いた。
上中下巻でどの巻もなかなかの分厚さなため、2月いっぱいじっくり読んでいくかと思っていたが面白すぎて2週間くらいで読み終えてしまった。
興味が出てきたのでアニメも見てみる予定。
ところで漫画版の表紙だけ見たがおっぱいでかすぎやせんか。
そういうのじゃないと思う。

メランコリック・サマー

週刊文春で連載されているエッセイを文庫化したもので、「人生の3分の2はいやらしいことを考えてきた。」で始まるシリーズ。
今のところ刊行されている分ではこれが最新刊となるが、順不同で読んでいるのであまり気にしていない。
ちなみに最新刊は3月に出る。
今回は幼稚園に子供を迎えに行った話や、自分のいびきに家庭内から苦情が来ているなど、みうらさんの家族関係を匂わせる描写が多めだった。
そういえばみうらさんのプライベートって全く知らんなと思っていたので軽く調べてみたが、割とだらしない下半身をしていた。
現在の奥さんは元々不倫相手で、相手の妊娠が発覚したことから前妻とは離婚したのだそうだ。
その後は籍を入れずに同居していたのだが、第2子の妊娠をきっかけに入籍したらしい。
本エッセイではテーマ上女性絡みのエピソードが多いのだが、みうらさん曰くマイナスに盛って書いている部分や友人知人の体験を自分のことのように書いているものもあるそう。(本人曰く「あえてエロの汚名を着ている」)
童貞をこじらせて青春ノイローゼになったと様々な著作で本人は述べているが、こじらせた童貞を取り戻すかのように奔放に恋愛を楽しんでしまった結果だろう。
本作にはシルバー料金で映画『花束みたいな恋をした』を見に行った話が収録されているが、その回での記述は上記の事実を踏まえて読むと印象に残る。

随分、思いやりに欠ける人生を送ってきた僕が、かつて同じ花を見て美しいと言ってくれた優しい人に今更、泣きを入れた涙だったように思う。

新撰組血風録

司馬遼太郎の幕末物は大体読んだと思っていたのだが、有名どころであるこちらはなぜか未読だった。
(よく考えたら『花神』も『世に棲む日日』も『峠』も『十一番目の志士』も読んでなかったので大体読んだと思っていたのは嘘だったようだ)
るろ剣でも元新選組が主題の回があったことだし、久しぶりに幕末を舞台にした作品でも読もうかなと思ったのだ。
坂本龍馬が歴史の教科書から消えかけたとか他の歴史小説でも彼独自の解釈が問題になったとかいわゆる「司馬史観」が見直されてきている昨今。(調べてみると面白いので興味のある人は適当に検索してみてほしい)
正直、ぼくとしては彼の史観はどうでもよくて物語として楽しめればそれでいいと思っているが、誤った解釈から風評被害を受けた実在の人物の子孫からすればたまったものではないだろう。
それでまあ、今回久しぶりに司馬遼太郎の作品を読んでみたのだが、なんかこう物語としての没入感が薄いなと感じた。
司馬作品を読んだことのある人は分かると思うが、物語だと思って読んでいるとちょいちょい本人が登場してくる。
せっかく話を楽しんでいても、ひょっこり顔を出す彼の自我が読者を現実に引き戻す。
本人の所感や取材記などが話の最中に突然登場することは珍しくなく、確か「竜馬がゆく」だったと思うが、物語の進行をぶった切って取材時の出来事を挟んでくることもあった。
今作では「○○については後で述べる」「■■については主題ではないから触れない」のような明らかに物語本編には必要のない記述が多く、その度に「これはいらんだろ」と熱が冷めるのを感じた。
会津藩大砲奉行の●●の話から派生して)「余談だが、会津藩●●家の隣には確か藩の若年寄の▲▲家があるという話を聞いた記憶がある。当時の▲▲家の当主は現在のソニーの▲▲氏の曽祖父にあたるはずだ。」って情報、いる?余談レベルの話ならいらんくない?
幕末の京都の話の最中にどうしてソニーの話題になるのかが理解できない。
物語であることをいったん忘れて司馬遼太郎が調べた幕末史研究として読もうにも、司馬史観に疑問が残る今となっては純粋な気持ちで楽しめない。
ぼくは読んだ本の内容の8割は覚えていないので、既に読んだ司馬作品も同様に作者が顔を出すタイプだったかどうかは忘れた。
昔は気にならなかったのに、今はやけに作者の主張が目に付くようになってしまった。
とりあえず上に挙げた未読の作品については読んでみるつもりなので、また感想は書く。
司馬遼太郎が描いた歴史と史実との差異について書いた書籍だと、一坂太郎『司馬遼太郎が書かなかった幕末』なんかは分かりやすくておススメ。
人物の名前とか幕末の用語や勢力関係などを覚えることができたのは司馬遼太郎作品のおかげなので、変に腐したくはないところではある。
一応本編の話にも触れておくと、御陵衛士一派との決闘の話で服部武雄に止めを刺したのが十番隊の原田左之助になっていたが、るろ剣の回想でも原田が同じく服部を仕留めていた。
服部はかなりの使い手だったようで「燃えよ剣」でも新選組は彼に苦戦した描写はあるものの、誰が止めを刺したのかまでは書かれていなかった。
るろ剣の展開と同じだったのはたまたまなのか、新選組血風録から拝借したのかどちらなのか気になる。(和月先生が本作を読んでいないとは思えないので)
また、新選組の強さが己の得意技を徹底的に磨き上げて絶対の必殺技にまで昇華させた点にあることも触れられていたが、記憶が正しければこの説明も本作とるろ剣でしか見たことがない。
あら捜しをしたいわけではなく、和月先生がどういうところから創作のアイディアを得ているのか気になるのだ。