公共の秘密基地

好きなものも嫌いなものもたくさんある

地獄の自己アピール

自転車に乗って帰宅しているとき、一方通行の道を高校生くらいのカップルが向かいから並走してきた。
彼らは自転車に乗りながら手を繋いでおり、お互いに手を伸ばしていたため道の横幅をそこそこ占拠していた。
広めの道だったのですれ違う余裕はあったものの、もしぼくに何も失うものがなく、もうちょい頭のおかしい人間だったら高校生の間に突っ込んでいたと思う。
歩きスマホなんかもそうだけど、ぼくはああいう無言で周囲に配慮を強いている人種が嫌いだ。
自分は特に注意を払わないので周りに避けてほしい、という傲慢な考えを(意識的か無意識的かはさておき)持ちつつあの人らは歩きながらスマホをいじっている。
件の高校生にしても、「青春」を盾にすれば誰もが多めに見てくれるだろうというのは大間違いなのだ。
そして、「青春」に苦言を呈することは下手すれば「嫉妬」と捉えられかねないのでタチが悪い。
あのカップルが酷い転び方をして顔面に消えない傷でも負ってくれればいいのになあと思いながら帰宅した。


今日もぼくのブログで舞台になりがちなコーヒー屋さんでの話。
行こうと思ったタイミングが恐らく混んでいる時間だと予想はできたが、最近行ってなかったし今日を逃すとしばらくこの辺に来る予定がないため、とりあえず訪問してみることにした。
案の定店内はほぼ満席で、オーナーさんが慌ただしく動いている。
(後で聞いたが、今日に限ってバイトの子が来られない日だったようだ)
迎えてくれたオーナーさんに注文は後でいいんでと告げ、席について本を読み始めた。
ぼくは本来静かなコーヒー屋さんが騒がしいのは嫌いなのだが、これだけお客さんが多いと仕方がない。
基本的にどのお客さんも身内同士で声のトーンを抑え目で話をしていたのだが、ある一人のお客さんの声が妙にデカく、会話が丸聞こえであった。


男女ペアのお客さんで、話の内容から推察するに大学生だろう。
付き合ってはないと思われ、どちらかに好意があるのかは分からないものの、男性の方は女性と行為をしたいと思ってはいるだろう。
声が大きいのは、そのうちの女性のほうであった。
店内にぼくとそのペアしかいなかった場合はイラつくタイプの客であるが、前述の通り周りもまあまあ騒がしかったのでそこまで気にはならなかった。
そのため、デカい声の女性の話を余裕を持って聞くことができたのだが、なんというか香ばしい感じの子だった。


身に覚えのある方はいるかもしれないが、大学生だったり、高校を卒業して社会人になったりする二十歳前後は自意識が肥大しがちである。
使えるお金や交遊関係、行動範囲が一気に広がり、今まで自分になかった価値観を吸収する機会が増える。
加えて体力も有り余っているため周囲に刺激を受けて何かしたいとは思いつつも、自分がないので何をしたらいいか分からない状態になるのだ。
自分の強みは分からないけど何か大きなことがしたいと無計画に考えているやつは悪い人からすればカモでしかなく、マルチ商法に引きずり込まれたり持続化給付金の詐欺に加担したりする。


件の女性がする話の中身は「自分がいかに変わっているか」に終始していた。
自分の趣味は一般受けしない(文具収集らしい)、仲良くなる人にも変な人が多い、外国人の友達がたくさんいるなど、とにかく変わっている自分が超大好きのようだった。
ぼくに言わせれば彼女は限りなく普通の、どこにでもいる女性だと思う。
自分が変わっていると思い込んだり、個性的であることを周りにアピールしたりするのは誰もがやっていることだ。
文具収集についても「文具女子」なんて言葉があるくらいだからポピュラーな趣味ではある。
また、本当に周りの人間がすごかったり変わっていたりしても、すごいのも変わっているのもその人らであってお前ではない。


正直、自分が関わっている人間の属性で自分が優れていることをアピールするやつはしょうもない。
専業主婦が旦那の仕事や給料でマウントをとるようなものだ。
コーヒー屋さんの彼女は話の中でことあるごとに「○○人の友達が言ってた」という枕詞をつけていたが、外国人というフィルターを通さないと己をアピールすることも、発言に説得力を持たせることもできないのだろうか。
ぼくの友人に外国人と結婚して海外に嫁いだやつがいる。
友人は独身の頃から外国人との交友関係が広く、彼ら彼女らとの絡み(夜のほうも含む)について話題に上ることもしばしばあった。
しかし、そうした話をする際に友人が「○○人の友達 or 彼氏が…」と付け足したことはほとんど記憶にない。
日本人と外国人の価値観の違いについて話すときや、話題を深く掘り下げたときに当人の出自を明らかにするのみで、決して「外国人と日常的に関わっている」アピールはしなかった。
友人にとっては様々な国籍の人と交流(夜のほうも含む)することは日常的なことであって、ことさらに吹聴することではなかったのだろう。
フリーザ様の最終形態みたいなもので、本物ほどあっさりしているものだ。


こういう人らって自分が変わってると思わないと、個性的でないと、周囲と同じだと死んでしまうのだろうか。
個性って上下でも勝ち負けでもないし、たぶん誰が見てもそれと分かる究極に個性的な人間って一般受けしないし「気持ち悪い」って言われることもあると思う。
周囲からの視線に耐えてまで彼女が真に個性的な生き方を貫くことなどできないはずだ。
彼女が目指しているのはほどほどに周囲と差異のあるオシャレな自分であって、しょうもない自尊心が保てればいいのだから。


ぼくは男女ペアが帰るまでコーヒー屋さんにいたのだが、延々と自分の話をしていた彼女が終盤になってようやく男性のほうに話を振った。
「好きな映画って何なの?」という、相手の話を聞くと思いきやカウンターで自分の趣味嗜好をアピールしたいやつのテンプレみたいな質問である。
彼は「ワイルドスピード」と答えていたが、食い気味で彼女に「あれつまんなくない?」と切り捨てられていた。
人の好きなものを平気で傷つけるあたりも、よくいる"普通"の人間がやることである。
予想通り彼女はワイルドスピードの話について掘り下げることはなく、驚異の切り替えの早さで自分の好きな映画について語っていたのだが、残念ながらタイトルは聞き逃してしまった。
しかし「岡田くんが」という一文は聞き取れたため、結局男前のジャニーズかい!!と本当にどこまでも普通の子だなあと思ったのだった。