公共の秘密基地

好きなものも嫌いなものもたくさんある

親切が氾濫する

人間は本音と建前や社交辞令を使い分けるので、言動をそのまま受け取っていては円滑に人間関係が築けないことがある。
発言の真の意味を読み取り、先回りして相手の欲求を叶えたりおだてたりすることもときには必要になる。めんどくさいけど。
例えば、知り合いがSNSに自宅やカフェなどでの仕事風景をアップしたとする。
この場合、アピールしたいのは仕事をしている事実ではなくてさりげなく映り込んだmacbookスターバックスカップなので、コメントをする際にはそこに触れてあげる必要があるのだ。
また、別の知人が手料理の写真をアップしたとする。
この場合は気合いの入った手料理を褒めるのではなく、画面の端にチラッと見切れているもうひとつの食器にフォーカスして一緒に食事をしている誰かの存在に気付いてほしいのだ。


先日、お客さんのところに資料を届けに伺った。
事務所兼自宅のインターホンを鳴らしても不在だったため、いつもしているように玄関横のポストに資料をねじ込んでいるときに後ろから声をかけられた。
振り向くと70代くらいの小柄なおばあちゃんが立っていて、「このあたりに郵便局はありませんか?」とのこと。
ぼくはこのへんの地理には明るくないため、その旨を伝えておばあちゃんにお詫びすると、おばあちゃんは丁寧にお礼を述べて去って行った。
お客さん宅のポストにねじ込んでいる途中だった資料をきっちり投入し終え、おばあちゃんの歩いて行った方向を見ると、北方向に歩みを進めている。
なんとなくスマホを取り出して調べてみるとおばあちゃんの進む方向とは逆方向に郵便局があるのが確認できた。
追いついて呼び止め、スマホの画面を示しながら道案内をしていたのだが、生来の心配性気質が発揮されていまいち伝わっているかどうか不安だった。


おばあちゃんは嫌な年寄り特有の傲慢な態度があるわけでもなく、初対面から全力でため口を使ってくるタイプでもなかった。
最初に郵便局の場所を尋ねられたときから穏やかで丁寧な人であるという第一印象があったため、ぼくも追いかけて道案内をしたのである。
無礼な年寄りならそのまま放置しているところだ。
言葉のイントネーションからしても、道を尋ねてくるところからしても、おそらくこのあたりの人ではないだろうと判断できる。
何よりぼくはおばあちゃんっ子であるため、このまま捨て置くのもなんとなく後味が悪かった。


というわけでおばあちゃんに郵便局までの案内を提案し、途中まで同行することにした。
道すがらおばあちゃんと会話をしながら歩いていたのだが、ぼくはおばあちゃんが郵便局を探していた理由を知ることになる。


なんでもおばあちゃんは、郵便局のスタンプを集めているのだそうだ。
郵便局の窓口で一定以上の金額を入金すると預金通帳にその郵便局名が入った押印をしてくれるそうで、全国の郵便局を行脚してスタンプを押してもらっているらしい。
知らなかったので後で調べてみたが、「旅行貯金」なんて言い方をするようだ。

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おばあちゃんも、将来孫にあげるためにお金を貯めていると言っていた。
歩くので健康にもいいし、お土産みたいにかさばらないし、スタンプを見れば郵便局名から思い出を連想することもできるらしい。
北海道から沖縄まで全国津々浦々を巡っており、空港内の郵便局でも旅行貯金をしているそうなので楽しみは尽きないとのこと。
郵便局の預金窓口は平日の9時から16時くらいまでしか開いていないところがほとんどなので、仕事をしている人よりは時間に余裕のある人のほうが巡りやすいのかもしれない。


そんな話をしていたら目的の郵便局に到着した。
おばあちゃんはぼくに丁寧にお礼を述べ、元気よく郵便局にインしていった。
腰も曲がっていなかったしハキハキと話すし、まだまだ元気そうなおばあちゃんである。
あの郵便局のスタンプを見るたびに、案内したぼくのことを思い出すのだろうか。


もう分かっていると思うが、今回のブログで言いたいのはアクティブなおばあちゃんに出会ったことでも、旅行貯金と呼ばれる趣味の存在を知ったことでもない。
「おばあちゃんに道案内をするに飽き足らず、目的地まで同行する」というぼくの親切心である。
もちろん見返りを求めてやったことではないし、おばあちゃんから何か金品をもらったわけでもない。
だけれども誰かに言いたいことってあるし、評価してもらいたいこともある。
おばあちゃんはスマホを持っていないらしいので、仮に誰かにぼくのことを話すとしても会話での拡散力は知れているだろう。
なのでこうして宣伝させてもらった。
今回、ぼくにとってのおばあちゃんはmacbookでありスタバのロゴであったのである。
アピールするのがかっこ悪いとか知らん。ぼくは褒められて伸びるタイプなのだ。