公共の秘密基地

好きなものも嫌いなものもたくさんある

家族でも親友でもやれんことはないけど

恋愛市場において、女性は圧倒的強者だと思う。
それは、男性が女性とセックスしたくてしょうがない生き物で、女性はそのセックス欲に対する可否を出せるからだ。
セックスすることに関するリスクは、男性側が女性側と比べて圧倒的に少ないと言わざるを得ない。
そして、できれば自分の好みのタイプや性的衝動を喚起する女性と後腐れなく一晩を共にしたいと思っている。
しかしながらセックスに対するリスクが少ないが故に、最悪"後腐れなく"という部分のみをクローズアップした性欲を解消するためだけのセックスがしたいと思っている男性も多い。
そのため、そんなに好みのタイプでなくてもとりあえず手当たり次第にアプローチをする。
そうした活動の副産物としてランクが明らかに上の男性からアプローチされる女性も生まれるのだが、男性がどうして自分に声を掛けたかを正確に理解していないため、「自分に魅力があるのだ」と悲しいかな勘違いをしてしまう。
上記の流れが勘違い女を生み出す原因に一役買っているのだが、今日の本題とは違うので置いておく。


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ちょっと古い話題になるが、リアリティーショーの名を冠したやらせ恋愛番組のカップルが破局したというニュースを発見した。
別に彼らの人生がどうなろうと関係ないのでこんな小物にリソースを割いている暇はないのだが、ぼくの心の琴線に触れたのは破局に際してのカップルのコメントだ。

お互いの応援や成長を喜び合えるようになっていくうちに、恋人の関係よりも家族に近い関係になっていきました。翔鈴と2人でちゃんと向き合ってたくさん悩んで何度も何度も話し合いを重ねた結果、僕たちは恋人の関係から親友になる事に決めました!

記事によると上記は彼女が寄せたコメントとのことだが、一人称がなんで「僕」なのかとかその固有名詞は何て読むのとかそのへんは無視するとして。
この文言を女性が書いているというのが男女の性差を表していてとても興味深い。


「男女の友情は成立するか」というのはよく議論が交わされるテーマだ。
ぼくは男女間でも友情は成立すると思っているし、昔から仲良くしている女友達もいるが、あくまで条件付きで成立する関係だと思っている。
その条件とは"過去に付き合っていたか否か"である。
冒頭でも言ったように、ちんこ優先で生きている男性は多く、セックスに対してのリスクも低いので気持ちが入っていないセックスをすることが容易だ。
そのため、例え別れた元カノであっても、というか元カノだからこそあわよくばくらいは考えている。
何より、元カノであれば好意の出涸らしくらいは残っているだろうと推測しており、そのへんの女性に声をかけるより打率はいいだろうと踏んでいる。
元カノにも全く情が残っていないわけではないだろうと思っているのだが、女性は切り替えが早く、(男性にとって限りなく都合のいい言い方をさせてもらうと)薄情なのだ。
昨日まで愛していた彼氏のケツ毛も、破局後は嫌悪感の塊にしか感じなくなる。
男性が愛のないセックスに対してハードルが低いことに性別特有の性質があるように、気持ちの切り替えが早い女性が多いのもまた性差なのだ。


付き合った男女が友達に戻るとか言うのは恋愛リアリティーショーと同様にまったくの茶番であって、どちらかが(主に男が)気を遣ったり性欲を抑えたりして付き合っている。
その一方でどちらかは(主に女が)、「一回付き合ってたからお互いのこと分かってるしマジで気が楽」とか的外れなことを言うのだ。
上記したカップルも破局時のコメントで「家族みたいな関係」だの「親友に戻る」だの述べているが、そもそも家族と親友で矛盾している。
おそらく女性のほうが男性の舐め回すような視線にも、ヤリたいがための気遣いにも気付いていないか、気が付きながら見て見ぬふりをしているかどちらかだろう。
元カレに先っちょでも入れられてみれば、過去に付き合っていた男女に友情が成立しないことは分かると思う。
まあ、セックスをしつつ友情をキープできる関係もあるのかもしれないが、セックスの介在しない友情と違って寿命は短いだろう。
「元カレとでも友情を育めるイイ女」の演出にも使われる場合があるので、元カノ元カレとは縁を切るに限る。


まあ、破局コメントでお互いのセックスの腕前や乳首の長さなどの罵倒合戦になっても彼らのイメージが低下してしまうだろうから、そこはリアリティーを出さずに前向きなことを言っとくに越したことはないだろうが。
恋愛リアリティーショーと言えば、出演者に不幸な出来事があったテラスハウスなんかもある。
テラスハウスよりも年齢とIQが低い人向けだろうから、これくらいのコメントで十分と踏んだのかもしれない。
最近は仕事が忙しいのでこのように女体のことばかり考えている。