公共の秘密基地

好きなものも嫌いなものもたくさんある

こなれ感のある人生

全く同じ体験をしても、面白いと感じるか否かは個人差があるとダウンタウンの松ちゃんが言っていた。
ある人はものすごく面白かったと思うことが、別の人にとっては何のこともなく印象にも残らない一場面だったりする。
感度よくキャッチできるかは当時の状況や自分の感性にもよるので、後から思い出してみたらあれって結構な面白話だよなあと思うことが割とある。
しかし、当時は何とも思っていなかったので、あのエピソード掘り下げたら愉快な話ができそうだけど、肝心なこと覚えてないという残念なことが多い。


昔、大学のゼミである課題が出されたことがある。
ざっくり言うと「偉い人に会って話を聞いてこい」というものであった。
教授が「偉い人」と言っていたわけではないが、そんなニュアンスのことを言っていた気がする。
取材対象の選出から本人へのアポ取り、そして当日の段取りまで学生たちに組ませて、グループ単位で発表するのだ。
今こうして文字にすると小学生の社会科見学みたいだけど、全ての段取りを学生が進めるという意味ではお遊びではなかったと思いたい。


所属していたゼミは非常に人気のある教授のゼミだったのだが、ぼくにとっては正直そのゼミでなければならないと言うことはなかった。
光に群がる虫のように賑やかなところに近づきたいアホというのはいるもので、当時のぼくもそれである。
一緒に所属希望を出した友人が何人か落ちる中、運よく人気のゼミに入ることができたのだが、これといってモチベーション高くゼミ活動に取り組んでいたわけではなかったのだ。
ゼミには積極的な人や賑やかな人が多かったので、振り分けられたグループも「この人らに任せとけばまあうまいこといくでしょ」と感じさせるメンバーが揃っていた。
その中にいたある一人の女子が、「友人のおじいさんが某お寺の偉い人」という話をしだした。
お寺の名前は伏せるが、非常に有名なお寺で教科書にも載っているレベルである。
どうにかこうにかしてそのお友達を頼ってお寺の偉いさんに会えることになり、意外とすんなり予定が決まったことに安堵していた。


このエピソードは掘り下げて話すことで、かなりのインパクトになると思う。
何回も言うようだが、誰でも知っているような有名なお寺の偉い人である。
通してもらった部屋も、一般の観光客が踏み込むことのないエリアだった。
しかし、「偉い人」というのが具体的にどういう役職を指すのか全く覚えていないのだ。
ましてや宗教法人である。
一般企業のように社長だの部長だの分かりやすい肩書ではなく、「ドスケベ大僧正」みたいなその界隈でしか通じないような肩書だったと記憶している。
最高責任者なのか、四天王みたいな幹部の一人なのかすら定かではないのだ。
偉い人が話していたことも全く覚えておらず、唯一記憶しているのが「さっきまでちかげちゃんが来てた」ということだけである。
そんな固有名詞出されても知らんがなと思っていたのだが、よくよく話を聞いてみると、以前に国土交通大臣を務めていた扇千景のことを言っているらしい。
「あ、この人本当に偉い人なんだな」とそのとき初めて認識したのであった。
もちろん、その後グループで何を発表したかも全く記憶にない。
ちなみにお寺の偉いさんは、ファイナルファンタジータクティクスに登場したドラクロワ枢機卿のような服を着ていた。

f:id:mezashiQuick:20201015144348j:plain


数年後、ぼくらは就職活動という魑魅魍魎が蠢く世界に身を投じることになる。
当時、売り手市場で就活生に有利だとは言われていたものの、蓋を開けてみれば内定は一部の優秀な学生に集中するという構図で、ぼくのような凡百の木っ端学生には市場の動向など全く関係ないのである。
その日も、同じく就活に苦戦している何人かの友人たちといつも入り浸っている居酒屋で飲んだくれていた。
集まりの中にひとりの女友達がおり、彼女は当時からそこそこモテる子であった。
100人が100人声を揃えて美人と評するタイプではないのだが謎の色気があり、お酒も好きで付き合いもいいので人気があるのも何となく納得する子である。


みんなで就活の愚痴を言い合っていると、居酒屋の常連さんがお友達を伴ってぼくらの席にやってきた。
ぼくらは全員その常連さんとは普段から仲良くしており、気さくないい人だったので特に気にすることもなく受け入れた。
常連さんが連れてきたお友達はアメリカから来て日本で働いている外国人で、ここでは仮に「マーク」としておく。
何でも、リクルートスーツ姿で生ビールの大ジョッキを空にする女友達の姿にマークがグッときたらしく、お近づきになりたいと思って常連さんに頼んでこちらの席に来たらしい。
確かに彼女はリクルートスーツのブラウスの下に直でブラジャーを着けるような子だったので(透けない色のものを身に着けていたらしいが)、そうした無自覚な色気にあてられるのは分からないでもない。
しかしながら外タレに興味のなかった彼女にマークは相手にされず、なんかよく分からないうちに流れでぼくが彼と会話をすることになった。
話をしているうちに分かったのだが、マークは日本語が達者で、日本の小説もよく読むらしい。
最近読んだのはよしもとばななの【キッチン】であることも教えてくれた。
ぼくもその本は読んだことがあったので、マークに感想を聞いてみたところ「日本人ってなんかかわいそうだと思った」と意外な返答があったので驚いた。
個人的に【キッチン】は食欲と性欲をテーマにした非常に心温まる話だと思っている。
文化が違えば同じ作品であっても全く違う感想になるだろうことを理解していなかった当時のぼくは、マークになぜそんな感想を抱いたのか興味津々で尋ねてみた。


今回のテーマ「当時は気が付かなかった面白話」を思い出してもらえれば予測できると思うが、マークが【キッチン】を読んで「日本人ってかわいそう」と感じた理由は忘れた。
なぜかそこだけが記憶からすっぽり抜け落ちているのだ。
失礼なことを言われた覚えもないし、マークとはその後も何度か同じ居酒屋で遭遇してお話をしているので、喧嘩になったとかでもないと思う。
ちなみに、女友達の今の旦那がマークであるということも特にない。


こういう話は実は面白いことに後から気付いたとして、辻褄を合わせようと強引に盛っても無理なのだ。
有名な寺の偉い人と会うとか、女友達のリクルートスーツ姿にムラムラした外国人の話とか、導入が既に期待を煽るものなので、余程の構成力がない限り話に矛盾が生じたり尻すぼみになったりする。
これらはたまに思い出してもやもやしているがすっきりしないので、一生思い出せない記憶だと思う。


関係ないけど、「合コンで気合いの入った服装で行くと本気みたいに思われるから嫌」という女性がたまにいる。
こいつはいつになったら本気を出すのだろうか。
人生周りの出来事かもしれない合コンに気合いを入れて必死にならずに、自分の望むものが手に入ると思っているのだろうか。
合コンが上手くいかなかったとして、「まあ本気じゃなかったし」と言い訳に使いたいのが見え見えである。
どうか孤独に売れ残って、あのとき本気を出さなかった自分を恥じてほしい。
よく、ファッション誌には「こなれ感のある着こなし」なんて見出しがあるが、一度しかない人生をこなれてどうする。
そんな売れ残り予備軍と同様、ぼくも本気を出さずにボーっと生きているから面白いことに対するアンテナが鈍っているのだ。