公共の秘密基地

好きなものも嫌いなものもたくさんある

誰かにとっての卵でありたい

一人暮らしが長いので色々な料理を自分で作って食してきたが、ハンバーグは未だに作ったことも作る予定もない。
ちょっと冷静に考えてみてほしいが、卵をメイン以外に使う料理ってこの上なく贅沢だとは思わないだろうか。
サブという役割ですらなく、卵の存在があんなにも希薄になってしまうハンバーグは酷すぎる。
普段、生卵をあまり買わないからそう感じるのだろうか。
"物価の優等生"と言われるほど値段の変動が少ない食品だし、何にでも応用が利く。
家族がたくさんいる家庭であれば、卵はご飯のメニューに引っ張りだこだろう。


ハンバーグが若干他の料理と違うぞ的な雰囲気を醸し出しているのは、牛肉を使用しているからではない。
生卵が"つなぎ"とかいうよく分からん役割を甘んじて引き受けてくれているからだ。
正直、ハンバーグに卵を使うことでどんなメリットが発生するのかもよく知らない。
そして、ハンバーグを日常的に作っているご家庭でも、卵を使わないことのデメリットを把握してはいないだろう。
卵を限りなく目立たなくしても許される料理はトンカツに代表される揚げ物くらいのものだ。


学生の頃、揚げ物にやたら凝っていたことがある。
主に唐揚げの味付けを追求していたのだが、たまに春巻きやトンカツを作ることもあった。
学生の作る料理にありがちな材料費を度外視したメニュー構成で、使いもしない豆板醤や高めのごま油、業務サイズのウェイパーなど、調味料もいろいろ買い込んでいた。
下味を付けてから揚げるパターンや、刻んだニラやネギなどを加えた味強めのタレを後からかけるパターンなど、多くのレパートリーを生み出したものの、今はほとんど忘れている。
こないだ部屋の掃除をしていたら、そのレシピをメモしたよれよれの紙が出てきた。
メモにはぼくの走り書きで調味料の分量や料理の手順が記載されているのだが、端っこのほうにぼくのものではない文字があるのを発見した。
何だろうと考えたのだが、すぐに思い出した。
当時付き合っていた彼女の字である。


ぼくが狂ったように鶏肉を揚げていたのはもちろん好きだからというのもあるが、当時の彼女が喜んで食べてくれていたというのも大きい。
どちらかと言えば小食の子だったのだが、美味しそうにものを食べる姿が印象的で、そんなところが好きだった彼女だ。
ニラやネギ、ニンニクなどをふんだんに盛り込んだ口臭の友みたいな味付けのタレをいつもおいしいと言ってくれた。
ご飯を食べたあとはもちろんセックスをするわけだが、歯磨きをしても取れないニンニクのニオイすら当時は愛おしく、毎日がエブリデイで輝いていた。


別れたのはかれこれ10年くらい前になるのだが、何だかんだずっと引きずっている。
ぼくもその後は世捨て人みたいな生活をしていたので異性と頻繁にご縁もなく、こじらせたままずっと生きている。
すっかり異性との接し方も分からなくなってしまったところに、当時のレシピメモに書かれた彼女の「おいしかったよ」という文字を見て、思い出に後ろからぶん殴られた気分だ。
過去は過去として生きていかねばならないのに、前を向こうとした瞬間に過去が殺しにくるのだ。
そんな話が鬼平犯科帳の【暗剣白梅香】という話にあったのもついでに思い出して、あの話がやけに印象に残っているのは自己投影していたかららしい。
メモは速攻破って捨て、その日もオナニーをして寝た。


そういえば当時からぼくは、卵を使わなくてもいい揚げ物には卵を使わない子だった。
誰かに指摘されたことはないので、なければないでいいらしい。
彼女の中で、ぼくはとっくにハンバーグのつなぎとしての卵ほどの存在感もないだろう。
別に思い出してほしいというわけでもないが、自分ばかりこんな思いをするのもしんどいなと思うこともある。
人は思い出だけでは生きていけないけど、思い出がなくても生きていけない。
今のぼくの気持ちは思い出というより自分で勝手に課した呪いのようなものである。