公共の秘密基地

好きなものも嫌いなものもたくさんある

初めて人間をやる人

ちょっと前、いつも行っている洋服屋のオーナーさんから飲み会に誘われた。
何の飲み会か聞いたところ、「Aが店辞めるらしいんで送別会です」とのことだった。
Aさんというのは某セレクトショップの有名かつ名物バイヤーで、オーナーさんがその店で働いていた頃からの付き合いらしい。
オーナーさんは退職して自分のお店を開いたが、Aさんはその後も店に残り、カリスマ性を存分に発揮していた。
一時期はファッション誌にもよく登場しており、ぼくは会話をしたことはないが存在は認識していた。


同僚の結婚式に上下赤のセットアップで参加するような人で、それもウケ狙いというよりは本気で自分がカッコいいと思って着ているのだ。
カルチャーに裏打ちされたインパクトのある見た目をしており、肩書もあってちょっと話しかけにくい印象があった。
Aさんが店を辞めるというのはかなりのビッグニュースであり、そのときはまだオフレコだったため箝口令が敷かれていた。
他のお客さんやオーナーさんの友人も何人か来るとのことだったので、送別会というよりはまあみんなで飲みましょうという集まりのようだった。


参加者は割と多く、お店で見かけたことのある常連さんや、初見の人たちなど様々だった。
ぼくはとにかく人見知りが激しい上、アルコールが入らないと無口なので、元スタッフさんと会話をしていた。
よく見ると、主役のAさんだけでなく、他のアパレル関係者も有名な人ばかりだった。
ぼくが勝手にこのへんのファッションご意見番だと慕っているBさん、人気セレクトショップの名物男前スタッフCさん、某セレクトショップのオーナーDさんなど、見る人が見たらオールスターが一堂に会している。
写真を撮ってSNSに上げれば大反響必至のメンバーで、勝手に興奮していた。
オーナーさんやAさんの人望や顔の広さにも関心したし、呼んでもらえたこともありがたかった。
Aさんと話をする機会はあまりなかったが、自分の青春時代はキョンキョンと共にあったということを熱く語る変な人だった。
オーナーさんに言わせると「アホ」とのことだが、裏表のない、前向きでバイタリティに溢れた素敵な人だった。


自分の名声が届かなかったり肩書が通用しない業界では、いくら有名人でも一般人である。
高名なお琴の先生とかどこぞの地方議員とか、その界隈では一目置かれている存在かもしれないがぼくには馴染みがないので知らないし、紹介されても興味がないので「はあ」で終わってしまう。
「すごいですね!」と言ってほしいような謙虚さの欠片もない人は嫌だ。
同じ会社でずっと勤め、それなりの役職や部下を持った人の中には、社内の立場を社外にもあてはめて、小売店の店員や駅員などに横柄な態度を取ることもあるという。
肩書なんか人間を判断する目安でしかなくて、そいつが傍若無人にふるまってしまえば「あの業界・界隈の人はみんな偉そう」とレッテルを貼られることにもなりかねない。
巡り巡って自分の首を絞めるであろうことが、馬鹿だから分からないのだ。
ショップスタッフにはカッコつけも多く、有名なお店のスタッフであれば自分が有名人だと勘違いしている人もいる。
初めて話したAさんの分け隔てのない態度は、あくまで一個の人間としてみんなと触れ合おうという姿勢が本気で感じられてカッコよかった。