公共の秘密基地

好きなものも嫌いなものもたくさんある

21歳の女子大生だった頃

ネカマ】【ネナベ】という言葉がある。
それぞれ【ネットオカマ】【ネットオナベ】の略で、インターネット上で実際の性別と異なるキャラクターを演じることを言う。
ぼくも昔、ノリノリでネカマをしていたことがある。


あれは5年以上前のこと。
暇を持て余したぼくは、携帯電話でできるとあるゲームに登録した。
当時はまだガラケー派が多数だったが、スマホ持ちが徐々に増えてきており、そのゲームもガラケー版とスマホ版がリリースされていた。
自分のアバターを作って他プレイヤーとコミュニケーションを取りつつ進めるRPGで、グリーやモバゲーのノリに近かったと思う。
何の気なしに見つけたゲームだったため、何となく性別を女性にして登録することにした。
その後、そこそこハマって熱心にプレイするようになり、ゲーム内での人間関係も増えてきたため、聞かれることはないだろうが自分の設定を考えておく必要があると思い至る。
そこで、千葉県で一人暮らしをしている21歳の女子大生になりきってプレイしていた。
彼女は大学進学のために地元の長野県から出てきており、家族は両親と兄が一人いる。
何となく自分の現住所や地元を設定に盛り込むのは嫌だったので、突っ込まれても多少は答えられる土地勘のある場所を選ぶという用心深いんだか無駄なんだか分からない努力をしていた。
やはり設定が決まると役に没入できるもので、そこからぼくは本格的に女性の疑似人格を作り上げていくこととなる。


オンラインゲームでネカマとして長年活動している人によると、【誰にでも敬語】【物腰が丁寧】というのはアバターが男性でも中身が女性だと誤解されやすいポイントらしい。
また、使っているコスメや好きな洋服も考えておくと、女性プレイヤーと話もできるので男女ともに信頼されるようだ。
ぼくはネット上であっても基本的には敬語であるため、アバターが女性であることも相まって中身が男性であると言い当てられることはなかった。
趣味嗜好は彼女や女友達の設定をつまみ食いし、ツギハギだらけの女子大生が完成したのだ。
加えて、適度な下ネタを織り交ぜることによって親しみやすさを増していた。
例えば、おっぱいの大きい女性の敵キャラに対して嫉妬してみるというように、あからさまに下品なものではなく、周りが引かない程度の下ネタだ。
ぼくはみんなに優しくしてもらえるし、あちらはノリのいい女子大生とお話ができるので、win-winの関係である。


そのゲームはアイテムを交換したり譲渡したりという要素がなかったのだが、プロのネカマにはゲーム上で疑似恋愛関係を成立させ、高価なアイテムを貢がせる人もいるのだとか。
ぼくは頻繁にログインしており、周りの人たちにも礼儀正しく平等に接していたため、そこそこチヤホヤされていた。
マイページには掲示板があり、他プレイヤーとのやり取りに用いる。
掲示板の内容は誰でも見ることができるため、ぼくの掲示板に頭のおかしい人が湧くと、みんなが守ってくれるのでなかなか快感だった。
プレイヤーが有志を集めて作るグループがあり、ぼくが所属していたところはゲーム内でそこそこ力を持ったチームであるようだった。
チームのリーダーに誘ってもらい参加することになったのだが、人気のあるチームだったため、簡単に入ることができないのだと後で聞いた。
果たしてぼくが性別を偽らずにプレイしていたら誘ってもらえたかどうかは謎である。


掲示板以外にもメッセージ機能があり、そちらは自分しか見ることができない。
女性であることもあって、メッセージで連絡先を聞いてくるプレイヤーもいた。
しかし、連絡先の交換は規約で禁止されており、破ると強制退会となる。
それを分かっているプレイヤーは「"ラ"の付くあれのID教えてよ」という巧妙な聞き方をしてくるやつもいたが、運営がかなり厳しく監視しているようで、ぼくが通報するまでもなく強制退会させられていた。
男に連絡先聞いて退会喰らうとか間抜けにもほどがあるなあと思ったものだが、連絡先教えてみたいなメッセージは割と頻繁に来ていた。
女性であることでチヤホヤされていたが、こういう精子脳に絡まれるのも大変だなと女性ならではの苦労も垣間見た。


ゲーム自体は楽しくプレイしていたし人間関係も良好だったが、割と頻繁にログインする必要があるゲームだったため、リアルが忙しくなったこともあってスパッと辞めた。
辞める際はお世話になった人に挨拶をし、男であると最後までバラすことなく、ぼくの最初で最後のネカマ体験は終わった。
あの人たちが本当にぼくを21歳女子大生だと信じていたのか、男だと見破った上であえて気持ちよく女性を演じさせてくれていたかは定かではない。
ゲーム内通貨やアイテムのやりとりができなかったため、関係がシビアになりすぎなかったのもプラスに作用したように思う。
そのゲームはスマホ版に完全移行し今も存在しているようだが、ぼくがプレイしていたのは数年前のことなので当時のプレイヤーはいないだろう。


男心が分かっており、男性が言って欲しい言葉も理解しているので、過剰な演技をしない限りネカマは意外とバレないと聞いた。
また、男同士ということで男性の性感帯が分かるので、ニューハーフとのセックスはかなり気持ちいいらしい。
人間は自分の置かれた立場や状況でしか物事を考えられないが、普段の生活スタイルを変えてまで世界の見聞を広めたいという人も少ないだろう。
そういう人にはネカマ体験がおススメである。
自分たちにとって一番身近で、一番知りたいと思っていて、一番異なった存在である女性の環境をちょっとでも体験することができる。
それで女心が知れれば儲けものであるが、残念ながらネカマ体験はぼくに何ももたらさなかったので、急にモテたりとかはなかった。