公共の秘密基地

余計なものしかないブログ

僕はポプラの枝になる

最近は子育てや子連れに寛容でなくなったとか言う意見があるようだ。


ベビーカーを引いた親が公共の場で肩身の狭い思いをしたり、
電車の中で子供がぐずったりすると視線が痛かったりするらしい。


まあ子供が泣くのは仕方ないからそこまで目くじら立てんでもと思うし、
ベビーカーを荷物のカート代わりにすんなと言う意見もあるらしいが、
子供って意外と歩きたがるけど疲れてすぐ眠くなるから、
歩けるようになった子供でもベビーカーって必要なこともある。


子供が泣いててもスマホいじってて無関心な親には腹が立つけど、
それにしたって子供にイラついているわけではない。


既に子育てを終えて、残りの人生消化試合みたいなババアからすれば、
『自分たちが子育てをしているときはもっと厳しかった。今は便利になったんだから少しは我慢しろ。』
との意見もあるらしいが、自分たちがしてきた苦労を下の世代にも味わわせるなんて、
非常に生産性の低いバカげた行いだと思う。


子育てがしにくい社会というのは確かに問題だと思うが、
『地域ぐるみで子供を育てよう』という風潮はちょっと賛成しかねる面もある。


というのも、【地域ぐるみ】って本当に求められているのか疑問だからだ。


今は子供に話しかけるとすぐ不審者扱いされて通報される時代だし、
通報するのも母親や近所の人だったりする。


非常に申し訳ないが、余計なトラブルには巻き込まれたくないというのは誰もが思っていることで、
昔ほど子供に対して興味関心が持てないのだと思う。


ぼくが子供のころは知らんおっさんやおばさんによく怒られたものだが、
地域ぐるみで育てるということは、子供が叱られる可能性もあるということだ。


おそらくそこらへんを無視して、都合のいい配慮だけ求めている人もいるかもしれないが、
大人は怒るから怖いのであり、ちゃんとせないかんという意識を持たせることも大切だと思う。


今だと子育てに他人が関われる余地はあまりなく、
(そもそも求められていない?)
どちらかと言えば社会制度的な面からのサポートが
求められているのではないだろうか。


ぼくは子供を産んだことも育てたこともないが、
世の中はこんなにトゲトゲした人ばかりではないと思いたい。


子供を産んで育てることは尊く大変なことだが、特権階級になったわけではない。


昔、子育ては経済的に大変だから、独身者から独身税を徴収したらどうかという
提案がどこかのシンポジウムでされたというニュースを見た。


独身者はお前らに年貢を納めるために存在してるんじゃないぞと、
ちょっとイラっとしたものだ。


ものすごく僻みっぽいことを言うけど、未婚率も上昇し、消費も落ち込んでいる昨今、
結婚をして子供までいるという人は、恋愛市場においても経済市場においても勝者である。
(例外もあるけど)


子育てを取り巻く環境の不備や、周囲の不寛容な姿勢には同情するが、
いちいち他人の子供に気を遣って生きねばならないのもそれはそれで息苦しい。


誤解してほしくないがぼくは基本的に子供好きである。


子供がぼくのことを好きかどうかは置いといて、
うんこやちんこの話も積極的にできるので、とても親しみやすくていいと思うのだ。